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12 明砂(Aug.15th)

――後三日、投薬を受け続けてみよう。  そう決めた明砂は薬の所為にして、毎日、自慰を行うようになった。 『――抜きたいって気持ちが、よく分からなくて…。』  そう都積に言った言葉は、嘘になってしまったようだ。しかし、もう、罪悪感や嫌悪感は薄れてしまっている。 ――なんか物足りない…。やっぱり相手のいるセックスがしてみたいな…。  誰に言う事も出来ず、明砂は欲求を募らせていった。  それから暫くして、都積が姿を消した。  治験開始日から、二週間が経過した頃のことだった。  何か事情があったのかも知れないが、一言もなく去られてしまった事を、明砂は悲しく思った。 「都積さん、居なくなっちゃったみたい。…何か揉め事があったとか、累君、聞いてない?」   明砂は気落ちしたまま、図書室で累に訊いてみた。 「また君は…。事前の説明を聞いてなかったんだな。あの人以外にも、どんどん人が入れ替わっていってるだろう?薬の効果には個人差があるから、判定が下される日程もバラバラなんだ。研究員が日々の結果を見て、これ以上のデータは取れないと思ったら、そこでこのバイトは終了なんだよ。」  明砂は初めて聞いたような顔をする。 「え?じゃあ、累君が先に居なくなるって事もあるの?」 「そうだよ。…遅かれ早かれね。」 ――そう言えば、都積さんのファイルに…。  明砂はデバイスを起動して、都積に貰った5ページほどの文書ファイルを開いてみた。  それには薬の分析表と、投薬摂取を避ける方法、この治験の申し込み用紙のコピー。そして、20名近くの治験者と、6名の職員のデータがリスト化されたものがあった。  そのリストをよく見ると、名前の横に数字が書かれている治験者が数名いた。  今のところ不動である明砂達のグループで、数字が書かれた者がいない事から、明砂は数字の意味を導き出す。 ――この数字が記入されてる人達は、もう居なくなってる?…って事は、この数字は滞在日数?  数字は最少で14、最大で27と記入されていた。  ジムですれ違った時、いい匂いがしていた村崎紬の名の横にも18の数字があり、彼もいつの間にか居なくなっていた事に気が付く。  今更ながらに理解した明砂は、徐々に不安を大きくしていった。 「薬の効きが悪いって思われたら、クビになったりする?…それとも、効果が得られるまで、ここから出られない?」  明砂の問に、累は軽く溜息を吐く。 「一ヶ月を超える拘束はないって、説明があったよ。…だから効果が見られなくて、クビになるなら一ヶ月後ってことだよね。…大丈夫?」 「ご免なさい。僕、本当に興味ない事とかの文章を読むのが苦手で…。あと、気になる事があったら、人の話も聞こえなくなるんだ。」 「…自覚はあったんだね。」  明砂は落ち込みながらも、最近の気になる症状について、累に訊いてみる事にした。  しかし、性欲に関する質問は憚られ、遠回しに話を持っていくよう試みる。 「あのね、累君。…αの精子の量って、凄く多いんだって。…知ってる?」  累は()せ返ったが、直ぐに平常心を取り戻した。 「…き、急に何の話だよ?」 「いや、そんな噂を聞いたから…。累君は知ってるかなって思って…。」 「…そんな話、知らないよ。」  そう言いながらも、累は何かを過らせているように見えた。 「そっか…。噂だもんね。」  そこで一旦、間を開けた後、明砂は言葉を続ける。 「…今飲んでる薬の効果って、どうなんだろう?累君は今、どんな感じ?」 「どんな感じって、な、何、訊いてるんだよ!?」  明らかに動揺が窺え、明砂は累が怒る前に、話をはぐらかす事にした。 「いや、体調的になんか変わった事ないかなって思って…。」 「…特にないよ。」  累の態度から、彼も同じ症状が出ているようだと、明砂は推測した。  自身で予定した通り、薬を飲まないようにした明砂だったが、毎夜、慰めを必要とした下半身の欲求は、無くなる事がなかった。 ――きっと薬が抜けるまでに、時間が掛かるんだな…。  その日もベッドの上で、下腹部に手を伸ばした明砂だったが、眠気の方が勝り、火照った体のまま眠りに就いた。  明砂は夢の中で目を覚ます。  横たわったまま見上げた先には、金髪ロングヘアの彼がいた。一度しか会ってないのに、可愛い顔はきちんと再現出来ている。 「君は…。」  彼は前屈みになって、横たわる明砂の顔に近付いた。 「俺ね、女の子になれたんだよ。」  そう言うと彼は、明砂の手を自身の胸元へ引き寄せた。感覚はぼんやりしているが、大き目のTシャツの首元から胸の谷間が見えた。 「そうなんだ、良かったね…。」  明砂は誘われているのだと思い、彼、いや、彼女をを引き寄せようと試みる。 「明砂もね、…変わったんだよ。」  名乗った覚えがないのに彼女に名を呼ばれ、明砂は動きを止めた。  その隙に、彼女の手が、明砂の股の間に滑り込む。そこで明砂はズボンを穿いていない事に気が付いた。 ――変わったって何?この子、何してるの?  明砂が戸惑っている間に、彼女の指が明砂の奥を目指していく。 「分からないの?…ここ、気持ち良くない?」 「嫌だ!やめて…!」  明砂は抵抗したいのに、力を入れる事が出来なかった。一体、何処を触られているのか、理解に苦しむ。  彼女は一旦、手を止めると、明砂の顔の前で、透明の糸を引く指先を見せつけた。 「明砂の中、凄く濡れてる。…気持ちいいからでしょ?」  再び弄られ、有り得ない水音を聞きながら、明砂は達した。

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