13 / 44
13 明砂(Aug.17th at 10:42)
明砂は目を覚ました。
部屋の明るさに目を細めながら、見知らぬ天井に愕然とする。
――何、ここ…?どういう事…?
そこは高級ホテルの一室といった雰囲気の部屋で、明砂はそこのクイーンサイズのベッドに、裸で横たわっていた。
昨夜、いつものように、キャビンタイプの白い個室で眠った筈だった。
人の気配には敏感だと自負している明砂は、小首を傾げる。
――何も着てないし…。運ばれても気付かなかったなんて、睡眠薬でも飲まされてたのかな…。
研究施設同様に、この部屋にも窓は無く、時間を示す物は何もない。インプラント・デバイスで日時を確認すると、8月17日のAM10:42となっていた。
15日の夜に就寝してから、今まで眠っていた事になる。
明砂は動揺しながら、慌てたようにベッドから降り、据付けのクローゼットを開けてみた。白いバスローブが二着、ハンガーに掛けてあり、急いでそのひとつを着用する。
――取り敢えず、外へ出てみよう。
逃げなければならないという緊迫感のもとに、明砂はデバイスを操作する。GPS機能はここでも使えないようだった。
不意に眩暈を感じ、明砂は立っていられなくなった。クローゼット横の壁に凭れ掛かり、息を整える。
――熱がありそう…。
デバイス内の健康管理アプリケーションにアクセスして、現在の体温を確認すると、37度3分となっていた。予想よりも微熱だった為、気を取り直して部屋を出ようと、出入口と思われる、チョコレート色の扉へ進んだ。
そこへ、タイミング良くその扉が開き、濃紺の制服を着た、40歳前後と見られる男が入って来た。
大きな鷲鼻が特徴的で、感情のない瞳をしたその男は、時折、見掛けたことのある研究施設の職員だった。
都積のファイルに、名前は盛澤 、最年長の職員で責任者的な存在、そして、要注意の文字が書かれていた事を明砂は思い出した。
「体調はどうですか?」
無表情で無感情な声に問われた。
「…ここは何処なんですか?」
明砂は質問には答えずに、質問を返した。
「ここはαとΩが番 う場所です。」
予期せぬ答えに、明砂は困惑気味になった。
「あの、言っている意味が、分からないのですが…。」
「あなたの体はこの数日中に、Ωへと変化していきました。間もなく、あなたに発情期が訪れるでしょう。」
「Ω…?発情期…?」
「Ωの発情期は少し厄介なもので、周囲の人間、特にαに発情 を誘発させ、合意もなく性行為に及ばせてしまいます。しかし、番になれば、月に一度の発情フェロモンも、番以外の相手には分からなくなるので、間違いが起きる事はないと言えます。あなたがここを出る為には、誰かと番になる必要があるのです。…Ωの存在を、世間に知らしめる訳にはいきませんからね。」
理解出来ないと思った明砂の耳に、盛澤の淡々とした説明は殆ど入って来ず、彼は逃げ出す事を最優先に考えた。
盛澤の横を擦り抜け、彼が入って来た扉に手を掛けるが、開ける事が出来ない。
「残念ながら、今のあなたは、この部屋を出ることが出来ません。」
背後から冷たく声を掛けられ、明砂は観念した。
「…僕は…どうしたら、いいんですか?」
「あなたが知っている、α性因子を持つ人の名前を言って下さい。」
「答えたら、どうなるんですか?」
「その方に、あなたを迎えに来て頂きます。」
明砂はそれを聞いて、救われた気がした。迷わず父の名を答える。
「…高峰佳希 。その人を呼んで下さい。」
盛澤はウォッチタイプのデバイスを操作した。
「その方は、あなたのお父様ですね。肉親以外のお名前を、お答え願います。」
明砂の知る血縁者以外のαは、一人しかいなかった。その彼に迷惑を掛けたくないと思いながらも、明砂は仕方なく告げる。
「光嶌…怜…。」
再度、デバイスで何かを確認した盛澤は頷く。
「了解しました。その方が来られるまで、このお部屋でお待ちください。」
盛澤が出て行き、明砂は部屋に一人取り残された。
脱出経路は見つからず、怜を待つしかなさそうだった。
――なんか…体が、熱くて変だ…。
バスローブの上から下半身に触れると、頭を擡げ始めているそれに気付いた。明砂はガラス張りのバスルームへと移動する。
――怜君が来る前に、処理しないと…。
監視カメラがあると疑いながらも、明砂はバスローブの前を開き、堂々と吐精へと導く行為を始めた。
――早く…全部…出てしまえ…!
明砂は手のひらの中のものに集中しながら、別の場所の欲望に気付く。
――なんで…後ろ、触りたくなるの…?
空いてる左手を臀部に忍ばせたが、恐怖を感じ、その付近に留めたまま、明砂は精を放った。
――出したのに、何、この終わらない感じ…?
膨張は治まっている筈なのに、下腹部が疼くような感覚に未だ囚われている。
――怜君に気付かれないようにしなくちゃ…。
部屋に椅子の類はなく、明砂は仕方なくベッドに腰を下ろし、彼の到着を待った。
ともだちにシェアしよう!