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13 明砂(Aug.17th at 10:42)

 明砂は目を覚ました。  部屋の明るさに目を細めながら、見知らぬ天井に愕然とする。 ――何、ここ…?どういう事…?  そこは高級ホテルの一室といった雰囲気の部屋で、明砂はそこのクイーンサイズのベッドに、裸で横たわっていた。  昨夜、いつものように、キャビンタイプの白い個室で眠った筈だった。  人の気配には敏感だと自負している明砂は、小首を傾げる。 ――何も着てないし…。運ばれても気付かなかったなんて、睡眠薬でも飲まされてたのかな…。  研究施設同様に、この部屋にも窓は無く、時間を示す物は何もない。インプラント・デバイスで日時を確認すると、8月17日のAM10:42となっていた。  15日の夜に就寝してから、今まで眠っていた事になる。  明砂は動揺しながら、慌てたようにベッドから降り、据付けのクローゼットを開けてみた。白いバスローブが二着、ハンガーに掛けてあり、急いでそのひとつを着用する。 ――取り敢えず、外へ出てみよう。  逃げなければならないという緊迫感のもとに、明砂はデバイスを操作する。GPS機能はここでも使えないようだった。  不意に眩暈を感じ、明砂は立っていられなくなった。クローゼット横の壁に凭れ掛かり、息を整える。 ――熱がありそう…。  デバイス内の健康管理アプリケーションにアクセスして、現在の体温を確認すると、37度3分となっていた。予想よりも微熱だった為、気を取り直して部屋を出ようと、出入口と思われる、チョコレート色の扉へ進んだ。  そこへ、タイミング良くその扉が開き、濃紺の制服を着た、40歳前後と見られる男が入って来た。  大きな鷲鼻が特徴的で、感情のない瞳をしたその男は、時折、見掛けたことのある研究施設の職員だった。  都積のファイルに、名前は盛澤(もりさわ)、最年長の職員で責任者的な存在、そして、要注意の文字が書かれていた事を明砂は思い出した。 「体調はどうですか?」  無表情で無感情な声に問われた。 「…ここは何処なんですか?」  明砂は質問には答えずに、質問を返した。 「ここはαとΩが(つが)う場所です。」  予期せぬ答えに、明砂は困惑気味になった。 「あの、言っている意味が、分からないのですが…。」 「あなたの体はこの数日中に、Ωへと変化していきました。間もなく、あなたに発情期が訪れるでしょう。」 「Ω…?発情期…?」 「Ωの発情期は少し厄介なもので、周囲の人間、特にαに発情(ヒート)を誘発させ、合意もなく性行為に及ばせてしまいます。しかし、番になれば、月に一度の発情フェロモンも、番以外の相手には分からなくなるので、間違いが起きる事はないと言えます。あなたがここを出る為には、誰かと番になる必要があるのです。…Ωの存在を、世間に知らしめる訳にはいきませんからね。」  理解出来ないと思った明砂の耳に、盛澤の淡々とした説明は殆ど入って来ず、彼は逃げ出す事を最優先に考えた。  盛澤の横を擦り抜け、彼が入って来た扉に手を掛けるが、開ける事が出来ない。 「残念ながら、今のあなたは、この部屋を出ることが出来ません。」  背後から冷たく声を掛けられ、明砂は観念した。 「…僕は…どうしたら、いいんですか?」 「あなたが知っている、α性因子を持つ人の名前を言って下さい。」 「答えたら、どうなるんですか?」 「その方に、あなたを迎えに来て頂きます。」  明砂はそれを聞いて、救われた気がした。迷わず父の名を答える。 「…高峰佳希(よしき)。その人を呼んで下さい。」  盛澤はウォッチタイプのデバイスを操作した。 「その方は、あなたのお父様ですね。肉親以外のお名前を、お答え願います。」  明砂の知る血縁者以外のαは、一人しかいなかった。その彼に迷惑を掛けたくないと思いながらも、明砂は仕方なく告げる。 「光嶌…怜…。」  再度、デバイスで何かを確認した盛澤は頷く。 「了解しました。その方が来られるまで、このお部屋でお待ちください。」  盛澤が出て行き、明砂は部屋に一人取り残された。  脱出経路は見つからず、怜を待つしかなさそうだった。 ――なんか…体が、熱くて変だ…。  バスローブの上から下半身に触れると、頭を擡げ始めているそれに気付いた。明砂はガラス張りのバスルームへと移動する。 ――怜君が来る前に、処理しないと…。  監視カメラがあると疑いながらも、明砂はバスローブの前を開き、堂々と吐精へと導く行為を始めた。 ――早く…全部…出てしまえ…!  明砂は手のひらの中のものに集中しながら、別の場所の欲望に気付く。 ――なんで…後ろ、触りたくなるの…?  空いてる左手を臀部に忍ばせたが、恐怖を感じ、その付近に留めたまま、明砂は精を放った。 ――出したのに、何、この終わらない感じ…?  膨張は治まっている筈なのに、下腹部が疼くような感覚に未だ囚われている。 ――怜君に気付かれないようにしなくちゃ…。  部屋に椅子の類はなく、明砂は仕方なくベッドに腰を下ろし、彼の到着を待った。

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