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15 明砂(Aug.27th at 13:08)

 研究施設と称されていた、あの場所を出ることが出来た明砂は、番となった幼馴染の怜と一緒に暮らすようになった。  Ωになってしまった明砂の発情状態は、不安定でありながらも約一週間続き、毎日のように怜に抱かれる事を望んだ。  人工Ωは一度目の発情期で妊娠したという実例が、まだ上がっていないらしく、それを前提に、彼らは危惧する事なく、生殖と呼べる行為を繰り返したのだった。  夏休みも終盤に近付いた頃、体調が元に戻った明砂は、怜と同じマンションの一階下の自宅へ、一時的に帰ってみる事にした。  直ぐ戻るつもりだったので、部屋で仕事中の怜には声を掛けずに、明砂は出掛ける。  自宅玄関の扉を開けると、明砂は奥に人の気配を感じた。 「ただいま…。」  昼下がりの今時分、義母の千咲が一人で居る筈だが、出迎えはなかった。  昼寝でもしているのかも知れないと思いながら、明砂は自室へ向かう。    部屋に入ると、少しだけ散らかっており、一週間前に荷物を取りに立ち寄った時のままなのだと気付いた。  特に片付ける事はせず、ベッドに横になる。見慣れた私物に囲まれて、久々に今日はここで寝たいという気になった。 ――お父さんにも会いたいしな…。  怜と一緒に暮らし始めたと言っても、正式に引っ越したわけではなかった。  表向きは受験に備えて、怜に勉強を見て貰う為という事になっている。  明砂がΩになってしまった事は、家族にも話してはいけないのだ。  Ωの存在については、国を挙げて箝口令が敷かれているという。  明砂は寝転がったまま、瞳の中のデバイスを起動して、とある探偵事務所の名前を検索する。  ヒットした結果から、ホームページを開いてみた明砂は、大きな溜息を吐いた。  体調が落ち付いて来た頃、明砂はデバイスの内部ストレージを確認し、保存していた筈の都積から貰ったファイルと、小説のデータが消えてしまっている事に気が付いた。  都積に連絡を取りたかった明砂は、愕然となりながら怜に尋ねてみた。彼を疑っての事だったが、ライフ・ログ等のバックアップを取る際に、不要なデータと見做されて削除されたのかも知れないと返答された。  納得出来ない明砂だったが、大事なデータなら保護して、直ぐに安全なサーバーにアプロードをしておくべきだったと、逆に注意されてしまった。  幸い、探偵事務所の名前と、大体の連絡先を覚えていた為、インターネット検索により、直ぐに所在は突き止められたのだが、都積の個人のアドレスは分からず、連絡を取れずにいた。 ――連絡…しない方がいいのかな。Ωの事、話してしまいそうだし…。  今の明砂は、あの施設がαではなく、Ωを人工的に作っている場所なのだと理解している。  施設を探っていた都積と連絡を取れば、きっとこの話になるだろう。明砂は黙っておく自身がなかった。  明砂が諦めの境地に達していると、不意にノックの音がした。明砂は反射的に起き上がる。  扉を開けると、義母の千咲が立っていた。手にはクリーニング済みの高校の制服を抱えている。相変わらず若くて可愛いなと、素直な感想を抱く明砂だった。 「明砂君が帰って来たの、気付いてたんだけど、出迎えなくてご免ね。」 「別に、いいよ。…寝てた?」 「いいえ。ちょっと電話してたのよ。…これ、クリーニング、終わってたんだけど、部屋に勝手に入っちゃ、いけないかなって思って…。」 「勝手に入って良かったのに。…有難う。」  明砂は制服を受け取った。その際に彼女と手が触れあったが、明砂は別段、気にしなかった。ちょっと前の自分なら、有り得ない事だと客観視する。 「光嶌君との生活はどう…?」 「…うん。仲良いし、毎日楽しく過ごしてるよ。」  在り来たりな返事をした明砂を、千咲は鼻で笑った。 「彼と番だから…?」  予想外の指摘に、明砂は狼狽える。 「…何、…番って?」  惚ける明砂に、千咲は追い打ちを掛けるように言葉を放つ。 「明砂君、Ωになっちゃったんでしょう?」 「どうして、そんな事…。」 「それはね…。」  千咲は自身の首の後ろに手を回し、何かを剥ぎ取る動作をした。それはバイオテープと呼ばれるもので、皮膚に貼ると馴染んでいき、傷跡を隠すものだった。彼女は長い髪を片側に掻き寄せ、首の後ろの噛み傷を明砂に見せる。 「私もΩだからよ。」  明砂は思わず息を呑む。直ぐには言葉が出て来なかった。 「私はあなたと違って、オークション・ルートだったの…。」 「オークション…ルート…?」 「そう。私がここに居るのは、あなたのお父さんが私を落札したからなの。…あなたはリクエスト・ルート。どちらもαによって仕組まれた事なのよ。」  千咲に詳しい経緯を聞くと、明砂の中に怒りと悲しみが同時に湧き上がって来た。

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