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16 明砂(Aug.27th at 13:32)

――となりますね。…ええ、あの件ならフェイクニュースとして、もう処理しておきました。何の痕跡も残りませんよ。…はい。あと、αの女優が、パートナーの女性を妊娠させた件も処理しておきました。α、Ω関連のニュースは何処にも存在しません。…はい。…それでは、また何かありましたら、ご連絡をお願いします。」  怜は幾つかあるモニターの前で作業をしながら、雇い主との会話を終えた。それと同時に、セキュリティー・モニターで、明砂の帰宅を察知した。  真っ直ぐ、この部屋に向かっているようなので、椅子に座ったまま、彼を正面から待ち受ける事にする。  ノックも無しに、明砂が入って来た。その顔は複雑な表情をしており、顔色がいいとは言えない。 「…怜君。」 「どうしたの?浮かない顔して、体調でも悪い?」  怜は両手を開いて、明砂を呼び寄せる。しかし、明砂は傍に寄ろうとせずに、立ち止まった。 「千咲さんに聞いたんだ。…彼女もあの施設でΩにされて、お父さんと番になったって。首の後ろの噛み跡も見せてくれた。」  αは発情(ヒート)状態でΩとの性行為に及ぶと、本能的にΩの首の後ろを噛む。その時の傷は、一生消えないとされている。  彼らはΩを知らない人々の注意を引かない為に、人工皮膚とも呼ばれる、バイオテープを傷の上に貼り、隠さなければならないのだった。  内心、秘かに怜は舌打ちしたい気持ちに駆られる。 「…あの施設の話を、外でしないように言われてるでしょ?ましてや、Ωである事を明かすなんて…。」 「それはβに対してでしょ?僕と彼女はΩ同士だ。」 「だからって、漏れない保証はない。…気を付けないと、厳罰に処されるよ。…彼女にも言っておかないとね。」  怜は立ち上がる。彼女にきつく注意しなければ、気が済まない。全ての苛立ちは、千咲に向けられたものだった。 「話はこれからだよ。…怜君はあの治験者募集の真相を、知らなかったって言ってたけど、嘘だったんだね。本当は僕のお父さんから聞いて、僕を陥れたんでしょう?」  明砂が怒りを湛えた瞳で、怜の前に立ち塞がる。 「陥れた?」 「そう。…お父さんは結婚して、僕が邪魔になったんだ。だから怜君に僕を押し付けて…!」 「明砂君、一旦、冷静になってみようよ…。」  怜は明砂の肩に手を置いた。それは素早く払い落とされる。 「冷静に…?こんなの知って、冷静でなんかいられないよ!」  払われた手を摩りながら、怜は再び椅子に腰を下ろした。そして溜息混じりに語り出す。 「…失礼だけど、俺のランクは君のお父さんより上なんだよ。その気になれば、ここの最上階にも住める。その俺が、彼の言いなりになるワケがないだろう?」 「それって…。」  明砂が顔色を一層悪くすると、怜は薄暗い笑みを見せた。 「そうだよ。αソサエティの存在を教えたのは、俺の方…。」 「αソサエティ…?」  明砂は初めて聞く言葉に、耳を傾けてくれたようだった。 「あの施設のスポンサーとなっている組織だよ。αで、二千万以上の寄付をすれば、会員になれるんだ。勿論、社会的身分とか、ちゃんとした人格者かどうかの身辺調査は行われるけどね。…俺は去年、その一員になって、Ωを手に入れる権利を得た。」 「手に入れる?…まるで物扱いだ。どっちが主犯にしたって、僕を陥れた事に変わりはない!」  再び、明砂は怒りを顕わにした。 「主犯って…。そうだね、ご免。」  否定することなく、怜は素直に謝った。 「…俺は出会った時から明砂君の事が好きで、その想いは、いつの間にか恋という感情に変わってしまっていたんだ。でも君は女の子が好きだし、俺に振り向いてくれる可能性はゼロだったから、こんな手段を取るしかなかった。」  怜が神妙な面持ちで告白すると、明砂は動揺を見せ始めた。 「…こんな手段って、何でこんな手段があるの?」 「折角αに生まれたのに、Ωが絶滅してから、魂の番や、ヒートもラットも知らずに人生を終える。それを悲嘆したαの一部が、β相手にΩ因子を人工的に付与する研究を始めたんだ。”リジェンバース計画”って名だったかな?…それは10年程前に実績をもたらしたらしくて、この国ではΩが絶滅して45年と表向きは言われているけど、実際は今、人口の0.012%くらいは存在しているんだよ。」  明砂は夏休みに入る前に友人達と話題にした、Ωの都市伝説を思い出した。国がインプラント管理法を利用して、滅びた筈のΩを探しているという噂だ。  やはり、火のない所に煙は立たないという事なのだ。  ただ、噂は正確ではなく、国の要人達はΩを探すのではなく、Ωを作り出して管理しているというのが真実だった。 「あの治験施設にいた人達は…みんな…?」 「恐らくね。過去には失敗する例も多かったらしいけど、今は100%に近い確率でΩになるらしいよ。」  明砂は都積や累、そして名前を聞けなかった金のロングヘアの少年の顔を思い浮かべ、愕然となった。早めに姿を消した都積だけでも、助かった筈だと思い込もうとする。  明砂の怒りは悲しみに変わりつつあった。 「こんなαの横暴が許されてるなんて…。これは犯罪じゃないの?」  その問に、怜は否定も肯定もする気はなさそうだった。 「…αソサエティにはね、国の中枢にいる人達も多く参加してる。…つまり、政府も認めている事なんだ。だからΩになってしまった人達には、充実した保障がある。」 「それなら、どうしてΩの存在は秘密なの?」  明砂は質問を続ける。  怜はふと、自身が赤ずきんと対話する、おばあさんに化けた狼のように思えて、失笑しそうになるのを堪えた。狼になるには、まだ少し早いと、気持ちをセーブする。 「また滅びてしまわないようにだよ。…Ωが生まれなくなった原因は諸説あるけど、Ω人口の減少については、自ら死を選択するΩが、数多く存在したからだとされている。その起因となったのが、一部の馬鹿なαや無知なβの、彼らに対する非道な行いだと言われているんだ。そんな事が二度と起こらないようにする為に、今は俺が情報の管理をしている。正確には、俺が作ったシステムがね。…Ωの情報は絶対に漏らさない。それが俺の使命だ。」  明砂は珍しく、一字一句、聞き逃さないようにしているようだった。 「Ωを守ってるみたいに言ってるけど、少なくとも、今の僕は傷付いてるよ。」 「騙した事に関しては、本当に悪かったと思ってるよ。…本当に、ご免。君が高校を卒業するまでは、待たなきゃいけないとか、きちんと合意のもとにやらなきゃいけないとか、色々悩んだりもしたんだ。でも、最近の君は、女の子の話ばかりしてただろ?…だから、つい、焦ってしまったんだ。」 「…つい?後でバレて、僕に嫌われるとか考えなかったの?」  怜は座ったまま明砂に手を伸ばした。逃げようとした彼の手首を掴むと、僅かに引き寄せた。軽い抵抗はあったものの、明砂との距離は数歩分、縮まる。 「俺を嫌いになった?」  明砂の顔を見上げる形で覗き込むと、彼は固く口を閉ざしてしまった。 「君こそ、俺を失って生きていけるの?…今まで、どんな相談にも乗ってきたし、君の力になってきた。叶えられる限りの我儘も利いてあげたのに…。そんな俺と離れられる?」  敗北感で一杯になった明砂だった。 ――ああ、…元々、勝算があって、洗い浚い告白したって事か。  明砂は観念した表情で、怜の視線を受け止める。 「Ωって悪くないよ。さっきも言ったように、保障は充実しているし…。俺は全力で君を幸せにする。おいで…。」  怜に更に引き寄せられ、抱き合うしかない状態まで近付く。 「ねぇ、今直ぐベッドに行かない?…君を全身で愛したくなったよ。」  怜が明砂のシャツを捲り、腹部に鼻先を触れて匂いを嗅いだ。発情期を終えた筈の明砂の体が、熱をよみがえらせていく。 「…妊娠しちゃうかも知れないし、嫌だよ。」 「大丈夫だよ。…避妊薬、飲んでるんだろう?」  怜の自分に対する独占欲を、明砂は幼い頃から薄々とだが、気付いていた。  しかし、同性という観点から、男女間にあるような嫉妬や、独占したその先が存在するとは思っていなかったのだった。  改めて、怜の過去の言動を顧みると、色々と合点がいく事柄が、幾つか浮かび上がった。 ――樹人兄さんにアメリカ行きを勧めた、いや、唆したのも、お父さんを再婚させたのも、…全部、そういう事だったんだね。  明砂は怜の前で、無抵抗な体を差し出した。 「もう、好きにしてよ…。」 「うん、好きにするよ。」  怜は立ち上がると、明砂の体を抱き上げた。                  <明砂編END>

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