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2 司季(May 2045~前編~)
都積司季は5歳の頃、スカウトが切っ掛けで、キッズモデルをしていた。
その頃から、彼の目鼻立ちは整っており、幼いながらに既に完成されていると話題になると、CMやTVの出演依頼が殺到した。
司季の人気に気を良くした母親は、いつの間にかステージママへと変貌を遂げていった。
次第に彼女は司季の声を聞いてくれなくなり、一方的に言う事を聞かせようとする事が多くなった。それは司季だけでなく、周囲の人間に対しても同様に及んだ。
司季は芸能活動を快く思っていない。無理に笑ったり、人の期待に応える事に、苦痛を感じていた。自分を持て囃す大人達は、どこか異常な生き物に見える。
司季の露出が増えると、ストーカーになる者も数人現れた。
一度、母親よりも年上と見られる女性に抱き上げられ、無理矢理キスをされそうになった事があった。それは、既 の処で母親によって阻止されたが、そこから母とその女性との、取っ組み合いの喧嘩となり、警察沙汰になった。
自分の為に息巻く母親は、頼もしくもあったが、母を怖いと思った瞬間でもあった。
司季が6歳になって間もない頃、母親が映画に出られるかも知れないと言ってきた。
「…それには条件があってね。監督さん、司季の裸が見たいんですって。」
「え?僕、嫌だよ…。」
自分は母親の支配下にあるのだと、念頭におきながらも、司季は拒否してみた。
「どうして?映画に出たくないの?」
「裸、見られたくない。」
「子供のくせに、恥ずかしいの?…別に、変な目的があるワケじゃないのよ。」
「だって…。」
「明後日、監督さんに会うのよ。明日、新しいお洋服を買いに行きましょう。格好良くして行かなくちゃ。」
司季は泣きそうになるのを必死で堪える。
母親の言う事は絶対だ。仕事人間の父親も、モデル事務所のマネージャーも、誰も司季を助けてはくれない。
その翌日、司季は母に連れられて、買い物に出掛けた。
その帰り道、司季は自身の運命を大きく変える人物、呂津 サラーフと出会ってしまったのだった。
買い物を終え、地下鉄の駅に向かう途中で、母親はテイクアウトの総菜屋に立ち寄った。彼女が注文をしている間に、司季はその傍を離れ、近くのベンチに移動した。
そこには先客が一人いて、その人のルックスに驚いた司季は、思わず見入ってしまった。
その顔は外国人風で、メイクが施されており、一瞬、性別不明の印象を受けるが、その体格から直ぐに男だと判明する。草臥れた革のジャンパーから、露出して見える肌の各所には、様々なタトゥーが入っていた。
「君いくつ?…とても可愛いね。」
司季の視線に気付いた彼が、話し掛けてきた。
司季は、たじろぎながらも彼に近付く。よく見ると、彼の目は赤く、少し潤んでいるようだった。
「泣いてるの…?」
心配されたと思ったのか、彼は微笑むと、司季の頭を撫でた。
「優しい子だね。…名前、訊いてもいい?」
「…司季。」
迷いながらも司季は、下の名前だけを答えた。
「シキ?私はサラーフって言うの。…半分、外国人なんだ。」
そこへ壮絶な勢いで、司季の母親が現れた。
「うちの子に触らないで!」
その言葉に、サラーフも司季も身を凍らせた。付近の通行人の視線が集まる。
「あの、私は…。」
困惑したサラーフは、ゆっくりとした動作で立ち上がった。その背丈は、190cmに届きそうな長身だ。
司季の母は臆することなく、30cm下から彼を睨み付ける。
「どこか行きなさいよ、変態!」
周囲がざわつき、変な誤解が生じ始めた事を悟ったサラーフは、その場を逃げ去った。
「お母さん、あの人は…。」
「知らない人に近付いちゃいけないって、いつも言ってるでしょ!」
司季の言い訳も聞かず、彼女は司季を引き摺るように、地下鉄の駅へ向かった。
サラーフに強烈な殺意を抱かれたとも気付かずに。――
逃げ去ったと思われていたサラーフは、人知れず、司季と母親の後を着けていた。
この時のサラーフは、恋人に多額の借金を背負わされた挙句、捨てられ、身も心もボロボロになっていたのだった。行方を眩ませた恋人を探すが見つからず、いっそ死んでしまおうかと思ったが、その勇気も出せずに、彼は絶望の淵に立たされていた。
自身を裏切った恋人を思い、ただ恨みを募らせていく。
そんな折、突然現れた司季の母親に、彼は人前で激しく面罵された。
その瞬間、恋人への殺意が彼女へと切り替わったのだった。
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