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4 司季(May 2045~後編~)

 都積夫妻の遺体は、翌日、家を訪れた、モデル事務所のマネージャーによって発見された。  遺体の状態から殺人事件と断定され、警察の捜査が開始されると同時に、多くのマスコミが群がり、報道を始めた。  行方が分からなくなった6歳の息子、司季に関しては、インプラント・デバイスが機能していない事から、既に死亡している線が濃厚だとされた。  人体の電気信号が途絶え、それから24時間後にインプラント・デバイスは機能を停止するからだ。  その事から、犯人は最初に司季を殺害し、その後、両親を殺害したのではないかという見解がなされた。  司季が少しだけ芸能活動をしていた事から、ストーカー化したファンの犯行と推測されていたが、防犯カメラによる追跡で、一人の容疑者が浮かび上がると、一気にストーカー説は沈下した。  容疑者として名前が挙がったのは、新宿区にある外国人街でタトゥーショップを経営していた、モフセン・ハーディという、イラン系アメリカ人の28歳の男だった。  彼は司季のデバイスが機能停止した二日前から、行方が分からなくなっており、彼の荒れ果てた店内で、都積夫妻の血液が付着した凶器や衣類が発見された事から、彼がこの事件に大きく関与していると断定された。  そして都積家の口座から、モフセンが借金した金融会社に、モフセン名義で入金されていた事から、強盗目的で殺害した可能性が高いと動機付けられた。  モフセンには多額の借金があり、金銭が目的だったとすれば、息子の司季は臓器売買の為に連れ去られた可能性があるとされた。  しかし、ネット上ではモフセンの事を、小児性愛者(ペドフィリア)死体愛好家(ネクロフィリア)とする言葉が飛び交い、猟奇殺人者だと噂する者も多くいた。モフセンが同性愛者であった為に、一部の偏見者達が、悪意のある書き込みをしているようだった。しかし、容疑者である彼を擁護する者は、誰も居なかった。  元ラブホテルだった建物の一室に、サラーフは潜伏していた。そこは新宿区の外国人街で、モフセンのタトゥーショップから数キロ圏内の場所にあった。  そこは訳ありの外国人達が数人、暮らしており、お互いに所在を明かさないのが暗黙のルールだった。 「優秀なお巡りさん達、早く、モフセンを見つけ出して頂戴!」  TVでニュースを見ていたサラーフは、苛々した表情で、そう声に出した。  サラーフが衝動的な殺意から、計画的犯行に切り替えたのは、警察に失踪したモフセンを捜索させる為だったのだ。 「シキって、芸能人だったんだね。シキの事、ニュースになってるよ。…ネットでは同性愛者にレイプされて、殺されたんじゃないかって、話題になってる。」  名を口にされ、女児の恰好をさせられた司季は顔を上げた。連れ去られた時と同様に、目には黒い包帯が巻かれている。一人掛けチェアに座る姿は、まるで人形のようだ。 「同性愛者は分かるけど、レイプって何?」  誘拐されて二週間が経過し、司季はサラーフと普通に会話出来るようになっていた。 「う~ん、ご免。…それは知らなくて、いい事かもね。」  時折、この場所でサラーフは、闇医者として医療行為を行っている。患者が元気のいい男性だった場合、そのまま性行為をする事があった。  そんな時、司季は何処にも行かされずに、イヤホンで耳を塞がれるのだった。 「おい、…子供がいるじゃないか。」 「あの子、目が見えないのよ。」 「耳は聞こえてるんだろう?」 「大丈夫。音楽聞かせてるから…。ねぇ、早く…!」 「しょうがねぇな…。ほら、ケツ出しな!」 「ソレ、最高ね!あぁ、いきなり!?…あん!…ソコ、いい!…もっと、突いて!…ああ、気持ち…い…。」  その間、生臭さから顔を背けた司季は、殺された両親と、血飛沫に汚れたリビングルームや玄関を思い出すのだった。  芸能界から解放されたくて、何度か母を呪った事があった司季は、人知れず罪の意識を抱えていた。司季の呪いが両親を殺害し、その代償に光を奪われたのだと思うと、それを実行したサラーフが、悪魔の化身のように感じられた。  一生、暗闇の中、自分が救われることはないのだろうと、諦めの境地に達する。  事件から一ヶ月が経とうとしていた頃、本庁の刑事が、海外逃亡目前のモフセンを逮捕した。  一時的に司季の捜索が中断されたが、新宿署の巡査部長、崎戸(さきと)一真(かずま)だけは、自分の勘を信じ、司季が生存している線で、別ルートを独自に捜査していた。  司季殺害の痕跡が何処にもない事と、唯一、司季の血液反応があったタトゥーニードルという凶器から、司季のインプランタブル・デバイスが破壊された上で、連れ去られた可能性を考えたのだ。  同様の考えを持つ、本庁の刑事もいたが、一真のように本格的な捜査をする者は、他にはいなかった。  場所が外国人街で、捜査が困難になる事が目に見えていたからだろう。しかし、一真は諦めなかった。  やがて、モフセンの恋人である、呂津サラーフという29歳の男に辿り着いた。  彼は過去、医療に従事していた事があり、仕事を辞めた後、無免許で医療行為を行っていたという。  そして現在は、モフセン同様に所在不明となっていた。  犯人と思しき人物の、監視カメラの映像を見直してみると、はっきりと顔が映ったものはなかったが、特殊解析された顔が、サラーフに見えなくもなかった。  一真はサラーフが闇医者をしていた事を知ると、それを利用しそうな不法滞在者を当たり、見逃すのを交換条件に、情報の提供を求めた。  話が通じていない素振りで、はぐらかす者が多い中、サラーフの事は何も聞けなかったが、やがて、6歳くらいの女の子なら見たかも知れないという、あやふやな情報を掴んだ。  それでも一真は、その子が司季に違いないと確信し、その行方を追った。  モフセンが勾留されてから、三日が経過した。  その日、モフセンの弁護士が、都積夫妻殺害時刻にモフセンが別の場所にいたという証拠の、防犯カメラの映像を提示して来た。モフセンが変装していた為に、検証が困難となったが、モフセンが再現する事により、それはアリバイとして認められ、彼の無実が確定となった。  モフセンが勾留四日目で釈放となると、今度は重要参考人として、呂津サラーフが指名手配された。  そのサラーフは、釈放されて出て来たモフセンを待ち受けており、白昼堂々、人目も憚らずに、彼を刺殺した。そして取り押さえられ、現行犯逮捕された後、サラーフは全ての罪を認めたのだった。  サラーフがモフセンを刺殺する数十分前、一真は単身、サラーフの潜伏先である、廃屋のようなホテルの部屋の前を訪れていた。建物の管理人を自称する、イスラム系の男性に鍵を開けさせ、中に入ると、目に黒い包帯を巻いたロングヘアの幼女が、一人掛けの椅子に大人しく座っているのが見えた。 「君は…都積司季君だよね?」  司季は怯えたように、声のする方を見上げた。 「…誰?」  一真は跪き、司季の傍に寄る。 「おじさんは新宿署の警察官だよ。…司季君を助けに来たんだ。」 「助けに…。」  司季の反応は静かで、一真は多少の違和感を覚えた。彼の精神状態を心配し、彼をこんな目に合わせたサラーフに怒りが湧いた。 「呂津サラーフは何処へ行った?」 「サラーフは…モフセンを殺しに行った。」  それを聞いた一真は、素早くインプランタブル・デバイスを起動し、本庁の捜査本部に連絡を入れる。  今頃、モフセンが釈放されて外に出ている頃だと、分かっていたからだ。 「こちら新宿署の崎戸巡査部長です。司季君を発見しました!…重要参考人の呂津サラーフが、モフセンを殺害しに行くという情報を得ましたので、至急、対応をお願いします!」 「サキト…巡査…部長…。サラーフはもう…帰って来ない…?」  不意に司季は、ロングヘアのウィッグを取った。  短めの髪が乱れたその姿で、司季は一真に抱き着いてきた。そして、激しく嗚咽し始める。 「大丈夫。…もう、大丈夫だから。」  一真は簡単に手折れそうな小さな体を、優しく抱き締めた。  それから間もなくして、サラーフが逮捕された事が分かった。  司季を見つけ、保護した手柄は、一真のGPSを辿り、駆け付けた本庁の刑事のものとなったが、一真は司季の安全が確保できるなら、それでいいとした。  呂津サラーフが死刑になったのは、それから五年後のことだった。

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