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5 司季(Jul.29th at 13:17)
一真が出掛けた後、司季は自身の過去に関する記事を、インターネット検索し始めた。ヒットすれば内容を確認し、エリサに教わったクラッキング技術で削除する。
時間の経過とともに、忘れ去られた事件ではあるが、犯罪のまとめサイト等で、時折、語られていたりするのだった。
司季はあるサイトを開く。
それは、”死刑囚まとめ”となっており、案の定、呂津サラーフの名前と写真があった。写真は逮捕されるより以前の、若い頃の写真のようで、写りが良く、名前の前には”美しき復讐者”と謳ってあった。
司季は込み上げてきたものを押さえると、そのサイトを閉じた。
誘拐後、保護された司季は、両目共、眼球を失っていた。
眼窩内は医療用ナノマシンで処置をされており、感染症による弊害などは起こしていなかった。それに関して、犯人である呂津サラーフは、「美しい義眼を入れたかったから」と答えたらしかった。
入院先の医師が最新の再生医療を勧めて来たが、その費用は高額で、トータル二千万円ほどの諸費用が掛かると説明した。そして、その調整を長期に渡って行うので、更に三百万ほどが必要になると言われた。
自身の目が再生可能だと知り、希望を抱いた司季だったが、彼を引き取った父方の祖父母が、申し訳なさそうに金を工面する当てがないと謝った。
司季はそんな彼らに、駄々をこねるような真似はしなかった。
病院側は募金を募る方法もあると言ってきたが、丁度、世間で騒がれていた時期でもあり、これ以上、話題になりたくないと司季が言い、辞退する事となった。
数日後、都積老夫婦が、こっそりと司季の退院の準備を進めていた頃、有名大学病院の女性医師が彼らのもとを訪れた。彼女は再生医療のエキスパートで、驚くべき事に、最新の技術を用いて、司季の目を取り戻したいと申し出たのであった。そして、それはまだ、実験段階でもあるという理由で、無償で行われる事となった。
それは再生医療と高性能機械を、融合して作るという義眼だった。
義眼と言っても、その見た目のクオリティは高く、勿論、目としての機能も申し分なく果たすという。
エキスパートの医療チームが司季の為に結成されて、一ヶ月後、手術は成功し、司季は光を取り戻した。
義眼の装着に問題がないとして、退院が決まった日、司季は崎戸一真巡査部長に会いたいと言った。
それは司季が初めて口にした我儘で、病院側から連絡が行くと、一真は職務中にも関わらず、司季に会いに来てくれた。
始めて見る、当時34歳の一真の顔は、想像よりも地味な顔立ちだったが、長身でガタイのいい処は、司季の想像通りだった。
「良かったな…。」
一真は必死で泣くのを堪えている様子だったが、司季が抱き着くと、男泣きを始めた。
司季はその時、子供心に、今度は自分が彼を助けたいと、強い思いを抱いたのだった。
退院後、司季は祖父母の伝手で、二次離島とされる小さな島で暮らす事になった。
それを知った医療チームの責任者である女性医師が、司季にこっそりと囁いた。
「良心の呵責ってヤツで喋っちゃうけどさ…。君を助けた裏にはね、ある人の働き掛けがあったんだ。その人は我々チームに、技術と沢山のお金を提供してくれた。それだけじゃなくて、本当なら彼の功績であるその技術を、我々に譲ってくれたんだ。…その人はね、君のファンなんだって。」
医師の言葉を、義眼デバイスにより瞬時に記録し、不明な言葉の意味を調べた司季は、心拍数を上げた。
「その人って誰?会えますか?」
医師は笑顔で首を横に振った。
「教えて上げられないんだ。そういう約束だから…。司季君がまた、TVに出てくれるようになったら、その人は喜ぶと思うんだけど、もうTVやモデルのお仕事はしないの?」
「しない…。」
頑なな意思を浮かべ、司季は答えた。
「そう。…私も君のファンだったから、残念だな。あ、さっきの話は、誰にもしちゃいけないからね。」
医師は司季の頬を軽く撫で、立ち去った。
17年経った今も、司季に光を与えた人物のことは、分かっていない。
その匿名の人物と崎戸一真は、司季にとって、心を占めるような存在となった。
司季は離島で離れて暮らすようになってからも、一真とは頻繁に連絡を取り合うようにした。彼のひとつ年上の妻である、涼香とも通話するようになると、すぐに打ち解け、親しくなった。
彼ら夫婦に子供はおらず、自分が彼らの特別な存在になった気がした司季だった。
遠距離であっても、日を追う毎に近しい存在になっていく崎戸夫妻は、いつも司季を支えてくれた。
呂津サラーフの死刑が確定した日、当時11歳の司季が、それを見届けると言い出した時も、崎戸夫妻は付き添ってくれた。
その年、司季の祖母が他界し、その二年後に祖父が亡くなった時も、一番に気に掛けてくれたのは、崎戸夫妻だった。
夫妻は司季を養子にしたいと申し出てくれたが、話し合いの結果、養子縁組はせずに、都積姓のまま、崎戸家に引き取られる事になった。
自分に何かあった時に、法律的な負担を彼らに掛けたくないと、少し大人びた考え方をする司季が、一線を引いたのだった。
中学一年になった司季は、離島から千代田区某所にある、崎戸家のアパートに引越した。
幸いな事に、都積司季の名前を聞いて、7年前の誘拐事件を思い出す人はいなくなっていた。
その頃、一真は警察官を辞め、友人が所長を務める探偵事務所で働いていた。
「警察官の時より、生き生きしてるのよ。」
涼香が恨めしそうな顔で言った後、吹き出して笑った。
「いや、だって、俺、警官だった頃よりも、格好良くないか?」
そう言った一真は、仕事に誇りを持っているといった感じだった。
一真が調子に乗らないようにと、涼香は否定したが、司季は賛同し、憧憬を露わにした。
司季が高校一年の頃、一真の探偵事務所の所長である鏑木が亡くなった。末期癌を放置してからの急死だったが、彼は遺言書を残しており、一真が所長を引き継ぐ事になった。
鏑木の意思を継ぎ、鏑木の名前を残したまま、一真は探偵事務所の所長となった。
それから7年経った現在、鏑木探偵事務所は、所長の一真、サイバー捜査担当の鴨居エリサ、一真の所轄刑事時代の後輩だった小暮 将人 、そして去年、雇用された司季の四人で活動している。と、言っても、司季は余り外回りに駆り出された事はなく、大抵、エリサの助手、言い方を変えると、彼女のパシリをしているのが現状だった。
今日など、一人でお留守番状態で、煮え湯を飲まされた感覚に陥っている。
それを見計らったように、エリサから着信があった。
司季は義眼のデバイスでAR機能を使い、応答した。ビデオ通話が開始される。
「司季ちゃん、今、事務所?」
司季の目の前に、酷いクセっ毛のすっぴん女性が表示される。
「そうだよ。姐さんは?」
司季は不満そうな顔をしてみせる。
「…警視庁だ。」
「マジか?」
「マジだ。」
「…遂に逮捕か。」
「馬鹿な!私に限ってそんなヘマはしない!…仕事で駆り出されてんだよ。」
「え?うちって、警察絡みの案件って、やんないようになったんじゃないんだっけ?」
「そうだったっけ?…比較的、割のいい仕事だから、引き受けたみたいよ。サイバー捜査のお手伝いなんだけど、…明日まで掛かりそうだから、留守番、任せた!」
「そんな事言う為に、連絡したのかよ。」
「いや、ちゃんと指令があるよ。私のマシンにある”KAK2392”ってファイルを、所長に送って。」
「そんなの、遠隔操作で出来るでしょ。」
「遠隔で手ぇ出すと、破壊される設定になってんだよ。」
「えー、面倒臭い…。」
「文句言わずに、ミリ秒でやれ!」
そこで通信が切れた。
司季は鼻息荒く、エリサがいつも座る机に移動する。その机の上には60インチのモニターが乗っており、画面が四分割になっている。
そのひとつの画面を使い、言われたファイルを探し出し、一真に送信する。
その後、司季はそのファイルの中身を開いた。その中身に目を通していくと、一真が今、請け負っている依頼内容が記されていた。
――失踪者って、ウェアラブル世代じゃないんだ…。じゃあ、直ぐに見つかる筈だけど…。俺みたいに、両眼共、潰されてたり?
司季の誘拐事件以降、インプランタブル世代のGPSや緊急通報機能は、個人で勝手に無効に出来ない仕様に改変されていた。
司季はファイルを読み進めていく。
――インプランタブル・デバイスのGPSを偽装?闇の業者の存在って…。中々、遣り甲斐のありそうな案件、やってるじゃないか!
そのタイミングで、AIアシスタントが来客を告げた。
「ゲスト様一名が、セキュリティー・ゲート前で待機中です。アポイントメントはありません。」
四分割画面のモニターのひとつに、ゲストの顔が映し出される。30代の真面目そうなサラリーマンといった雰囲気の男性だ。
「じゃあ、IDの提示はいいから、用件だけを訊いてみて。」
AIに指示を出し、暫くすると、答えが返って来た。
「とある研究施設を、調査して頂きたいそうです。」
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