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10 司季(Jul.29th at 19:07)
19時を過ぎた頃、エレベーターの扉が開き、鴻嶋が笑顔で現れた。ツーブロックの短髪に、白いドクターコートを羽織っているが、部屋の所為か怪しい偽物ドクターにしか見えない。
司季は無表情を崩さず、そんな彼を出迎えた。
「司季君、午前中振り。…君と一日に二回も会えるなんてね。…それで、相談って何?」
司季がビジネスチェアを分捕っているので、鴻嶋はベッドに腰を下ろした。
「フィルムタイプの薬ってあるだろう?舌に乗っけたら、直ぐ溶けるヤツ。…それを、飲んだ振りする事が出来るアイテムが欲しい。一日三回、三十日分だから、九十個。あ、余裕を持って百個って、準備出来る?」
「…当たり前みたいに、特殊なオーダーしてくれるね!…まあ、出来るけどさ。」
大袈裟に溜息を吐いて見せた鴻嶋だったが、角膜内デバイスを起動させ、何やら計算を始めた。
「バイオテープの応用でイケるかな?…薬剤を溶かして吸収させないといけないから、特殊素材にはなるけどね。それだと、…一枚あたり五千円で、掛けるの百枚で…五十万円だな。」
「五十!?…ぼったくり過ぎだろう?」
金額を聞き、司季のクールフェイスが崩れた。
「まあ、俺と司季君の仲だからね。…負けて欲しかったら、今直ぐ、ベッドへGO!」
鴻嶋は右手の親指を立てて、背後に広がるキングサイズのベッドを指した。
「は?午前中ヤッたのに?…ディナーを奢るよ。夕食、これからだろ?」
正直、今の司季は性欲よりも食欲の方が勝っている。
「そんなんじゃ、俺の機嫌は取れないよ。」
鴻嶋は司季に近付くと、その足の間に体を入れ込んできた。そして股の間に指を走らせる。
「…司季君のコレ、俺にブチ込んでくれたら、百枚五万に負けてあげるよ。」
五万という金額なら、犬童に請求できるだろうと司季は考える。
「…分かったよ。」
司季は立ち上がると、ズボンの前を開けた。
二人の関係は、司季が16歳の頃に始まった。
司季が義眼デバイスになってから、10年目に突入した頃、デバイスの動作に異常を感じるようになった。
彼の義眼のケアを、ずっと担当していた女医に相談すると、総替えを推奨された。そして、バイオメディカルとコンピューターに精通した医師がいると言い、鴻嶋帝人を紹介されたのだった。
初めて会った鴻嶋はロングヘアで、全体的な印象は今と同じだが、年齢不詳にプラスして、性別も不明な見た目をしていた。
「…最新のデバイスになるとね、世界が変わるよ。もう普通の人間には戻れないって思うくらいにね。ただし、ひとつ五百万する。」
両目で一千万という金額に、高校一年生の司季は愕然となった。絞り出すような声で、別の選択肢を問う。
「…今のを修理すると、どれくらいになりますか?」
「両目で二百万かな。…十年前の物だし、パーツの取り寄せを行うから、直ぐには処置出来ない。最長で一ヶ月掛かるかも知れないな。だけど、最新なら今日、受け取りOK!…バイオプリンターで外側を作るから、それに三時間くらい掛かるけどね。」
その金額も、肉親のいない司季にとって捻出し難い金額だった。
閉口し、苦渋を浮かべた司季に、鴻嶋が囁く。
「お金、融通してやろうか?」
その表情に、司季は見覚えがあった。
逆ナンパしてきた女性達、電車で遭遇した痴漢、若しくは痴女と同じような欲望を湛えている。
「…条件は?」
「察しがいいね!条件は俺と寝るコト。…おっと、通報はするなよ。」
鴻嶋は率直に要望を告げ、デバイスによる児童虐待の緊急通報を制した。そして、言葉を続ける。
「…司季君はさ、まだ経験ないだろ?だから、俺で筆下ろしさせてやろうって思ってさ…。」
「は?」
司季は耳を疑った。
「俺を定期的にブチ犯してくれるって言うなら、新品の義眼デバイスをプレゼントしてあげるよ。」
てっきり、自分が犯される方なのだと思っていた司季は、気持ちが揺らぐ。
「…定期的にって、どれくらいですか?」
「あれ?乗り気?…そうだな、月イチ、メンテの際にヤるってのはどう?」
司季が承諾すると、鴻嶋は奥の特別処置室へと誘導する。
この病院に看護師は見当たらず、医療サポート用の150cm弱の高さの筒形ロボットが数台、見受けられた。きっと彼らは、これから起こる事を騒ぎ立てたりはしないのだろう。
「君の細胞は、前の病院から譲渡されてるからね。至急、眼球をバイオプリンターで形成しよう。」
3Dプリンターのようなそれに、鴻嶋は情報を入力し、スタートボタンを押した。
「暫く掛かるからな…。さて、君はベッドへ…。」
学生服のズボンを脱がされ、医療用の固いベッドに横たえられた司季は、急に恐怖を感じ始めた。
初めて会って、30分足らずの相手と性行為をするなど、あってはいけない事だと良心が訴えてくる。そして改めて他人の性器に触れる事に、嫌悪感を抱いた。
「あの、やっぱり無理です…。」
「無理じゃないって。こういうのはさ…。仰向けになって、目を瞑ってりゃ、直ぐ終わるんだから。」
司季は両手を重ね、その甲で視界を被った。その間に恐怖で縮こまった下半身に、舌や指による愛撫を加えられた。
「やだ!やめて…!」
「大丈夫、ちゃんと大人にしてあげるよ。」
暗闇に徹していると、司季から光を奪った犯人、呂津サラーフの顔が浮かんできた。体が震え、司季の瞳から涙が零れ始める。
「あぁ…!」
それでも愛撫は止まず、やがて鴻嶋の中へ、司季の無垢だったそれは咥えこまれていった。
突出した物にすら触れたくないのに、内部となると、更に嫌悪感が増した。それなのに、気持ちがいいと感動している、別の自分が見え隠れし始め、司季は戸惑う。
「…司季君の喘ぎ声、可愛いな。」
「そんな声…出して…ない!…うっ!…ふ、あ…あ…!」
「それ、喘いでるだろ。…中々、興奮させられる。…俺の中、気持ちいいか?」
「待って!…出る!…出るから!」
「いいよ。取り敢えず1回、出せば?俺の中に…。」
それから数回体を重ね、気が済んだとみられる鴻嶋は、余韻はそこそこに司季から体を離した。そして、何事もなかったかのように、バイオメディカル・ドクターとしての仕事を全うしたのだった。
「次からも、こんな感じで宜しく…。」
抱く側であっても、穢された感は払拭出来なかった司季だったが、新しい義眼デバイスを体験すると、罪の意識を一瞬で消し去る事が出来た。それくらい、新型の性能は素晴らしいものだった。
鴻嶋との関係が始まってから、7年が経つ。最初、同じくらいだった身長は、今では司季の方が8cmほど高くなった。
鴻嶋と司季は、一度も恋愛観についての話をした事がない。それは鴻嶋自身が、恋愛感情を持ち合わせていないからなのだと、司季は早い段階で悟った。
恋愛とセックスは必ずしも結びつくものではないと、身を持って知った司季は、自身も恋愛感情を抱かずに性行為をする人種へと、成り果ててしまったようだった。
鴻嶋を真似るように、後腐れのない相手を選んでセックスする。司季にとって性別は重要ではなく、一時的に楽しめるかどうかに重きを置いて、今までに数十人の男女と関係を持った。
全裸に剥いた鴻嶋を組み敷き、司季は荒々しく何度も彼を突き上げる。
「アッ…司季くぅ…ん、激しい…!」
初めての頃のように、情けなく喘いだりしなくなった司季は、容赦なく鴻嶋を攻め立て、彼を雌へと貶めていく。鴻嶋が断続的に精子を吐き出し、痙攣すると、司季も彼の中に吐精した。
鴻嶋は恍惚とした顔で、先程まで自身を貫いていたものを口に咥え、舌で嘗め取った後、満足気に囁く。
「…明後日の夜、取りに来な。」
「うん。よろしく…。」
司季は早々に身支度を整えると、エレベーターに向かった。
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