39 / 44

23 司季(Aug.19th)

 日付が変わったのも気付かず、司季と犬童は体を繋げたまま、長い時を過ごしていた。  なし崩しにそうなった二人は、場所を変える余裕もなく、処置室の床の上で行為を続けている。  犬童は着衣のまま、司季の背後から覆いかぶさり、更に最奥を目指すように、彼の腰を引き寄せた。 「…ね、また…きそう…。」  司季の首筋には噛まれた跡があり、一部から鮮血が流れていた。犬童はそれを嘗め取り、囁く。 「ああ、私もだ。…もう一度、君の中に出すよ。」 「うん、いいよ。…奥にいっぱい、注ぎ込んで。」  司季は受け入れ態勢を整え、その瞬間を待った。そして、放たれる僅か数秒前に、先に達してしまった。 「ご免!俺、今、先に…!」  言葉が終わらない内に、犬童の精液が司季の中に送り込まれた。  余韻に浸りながら、犬童が囁く。 「場所、移動しようか…。」  司季が頷くと、犬童は結合を解き、上着を司季の裸体に掛けた。  立ち上がろうとした司季を、犬童は軽々と抱き上げる。 「何処に…?」 「本来なら、ここの隣がαとΩの番う為の部屋になってるんだけど、生憎、今、使用中でね。…仕方ないから、所長室へ行こう。」  処置室を出て、犬童は長い廊下を歩き出す。 「ね、妊娠はしないんだよな…?」  犬童の首に手を回し、司季は少し心配そうな顔で訊いた。 「今の処、最初の発情で妊娠した人工Ωはいない。…安心した?」 「うん。…少し。」  妊娠しないと分かると、何故か残念に思えた司季だった。  所長室に着いた。  司季が最初に訪れた時の扉とは別の扉から入ると、そこは仮眠室だった。  シングルベッドに接する壁と、その真上の天井には、幼い頃の司季の写真が沢山貼られている。 「ああ、最悪な部屋…!」 「私にとっては、最高の部屋だけど…。」  犬童はベッドに司季を下ろすと、覆っていた上着を奪い、床に放り投げた。 「俺だけ裸って、ずるくない?」  司季は扇情的な上目遣いで、犬童のスーツのズボンに手を掛ける。 「そうだね。」  司季が下を脱がせるのと同時に、犬童もシャツのボタンを外していった。  意外に筋肉質な体が露わになる。 「…いいね。また、燃えてきた。」  縋るように抱き着いた司季は、犬童をベッドに引き込み、彼を下にして跨った。  犬童は成長した現在の司季と、写真の幼い司季を秘かに見比べると、憂いの表情を浮かべる。 「6歳の君が誘拐された時、色々、酷い噂があったよね?」  犬童が少し言い辛そうに訊くと、司季は軽く鼻で笑った。 「…ああ、ゲイの誘拐犯にレイプされたとか?そんなのなかったよ。…呂津サラーフは女だったからね。」 「そ、そうか。…それは良かった。」  そう言った犬童が、少しだけ残念そうな顔をした事に、司季は気が付かなかった。 「俺がこっちになったのは、犬童さんが初めてだよ。」  司季は指先で、犬童の腹部や胸部を撫で始める。 「公亮(こうすけ)って、呼び捨てにしていいよ。」  司季は跨った背後に、萎えてない犬童のものを確認すると、腰を浮かした。そして窪みに宛がうと、ゆっくりと腰を下ろしていく。  ゆるく、何度か上下して、徐々に奥に到達させていくが、全部は咥え込まずに、犬童の様子を窺っているようだ。 「ねぇ、義眼(デバイス)のメンテナンスって、どうしてる?」 「…こんな時に、そんな話?」 「そう…。話したいんだ…。」  司季は結合が解けないように気遣いながら、腰をくねらせ、犬童への愛撫も忘れない。 「自分でしてるよ。…司季君も、一人で出来る筈だよ。」 「本当に?…ナノマシ…ン、使うんだろ?」 「そう難しいプログラムじゃない。私がしてあげてもいいけど…。今度やり方、教えてあげようか?」 「是非!有難う…。」  司季は体を傾けると、お礼のキスを犬童の唇に軽く落とした。 「序でにバージョンアップの方法や、便利なアプリとかも教えてあげるよ。」  更にご褒美を、という形で犬童はキスを強請り、司季はそれに応えた。 「もっ…と早く、公亮に会いたかったな…。ん…あ…いいトコ、当たった…。」  司季の反応に、今まで動かなかった犬童が手を伸ばし、司季の腰を掴んだ。そして、司季の上下運動を手助けし始める。 「もっと早く出会ってたら、司季は抱く側を、知らないままだったかも知れないよ。」 「そんなの、知らなくて良かったよ…。今が一番…んッ…気持ち…い…からぁ…。」 「…どうする?そろそろ、本気出す?」 「ヤダ…。まだ、このまま…会話する…。」 「どうして?…もう、辛そうだよ?」 「まだだよ。…イッ、まだ…イきたくないんだ…。」 「…じゃあ、動くのやめようか?」 「それはダメ。…このまま、…話したいんだよ。…だって、話す事、沢山あ…あっ…て、でも…交尾も…したいだろ…?」  司季は()け反り、それから俯くと、犬童の腹部に舌を這わせた。 「ダメだ…。私の方が持たない…!」  犬童は激しく司季を揺さぶり、下から何度も突き上げた。 「アッ!…ダメだって!…もう!」  抵抗も虚しく、司季は下にされると、何度目かの犬童の劣情を味わったのだった。  荒い息遣いが治まってきた頃、犬童はぴったりと寄り添い、腕に絡みついている司季の頭を撫でると、ゆっくりと起き上がった。 「飲み物を取って来るよ。…何か水分を補給した方がいい。」  名残惜しそうに犬童の腕を離した司季は、上半身を少しだけ起こし、彼の帰りを待った。  間もなくして、チアパック入りの飲料水をひとつだけ手にして、犬童が戻ってきた。 「体、大丈夫?」 「…少し、落ち着いたけど、公亮の傍にいると、なんか…きゅんきゅんする。」  そう言って顔を赤らめた司季は、受け取ったチアパックで、その頬を冷やした。  シングルベッドの上に、二人は肩を並べて座る。 「あのね、司季。…驚かないでほしいんだけど、番になった後は、自動的に入籍が完了してしまうんだよ。」 「え!?…入籍?自動的にって、どういうシステムで?」  司季は目を丸くする。驚かないのは無理なようだった。 「順を追って説明した方がいいのかな?…Ω化した人間は、番を持たない状態では外へは出さない。番の権利を得たαが事前に申請し、健康管理アプリを通してデータ化された、Ω固有のフェロモン因子に変化が生じると、Ω管理局に送信され、入籍が完了するんだ。あ、でも、一応…仮って形で、正式には、ちゃんとした婚姻届が必要になるんだけどね。」 「プロポーズもされてないのに、勝手に入籍なんて…。」  ショックを受ける司季の首の後ろを、犬童が優しく指し示す。そこには真新しい噛み傷があった。 「これが…プロポーズの証なんだよ。」  司季は納得しようと努力しながらも、疑問を口にする。 「…番って、そもそも何?特別な呼び方をするんだから、特別な何かがあるんだろ?」 「勿論、あるよ。…αと番にならないと、Ωは発情期の度に特有のフェロモンを発して、周囲の男性や、αの女性を引き寄せるんだ。そして分別付けずに性交渉する。種付け行為が終わらないと、発情は治まらないらしくてね。でも、決まったαと結ばれれば、フェロモンは、そのαにしか伝わらなくなる。」 「なるほど…。じゃあ、今、俺から出てるフェロモンは、公亮にしか分からないんだ。」  納得した司季は、笑顔を見せた。 「そうだよ。同時に私のフェロモンにしか、司季は反応出来なくなっている。それが番になった後のΩの特徴だ。」 「そっか。浮気防止できて何よりだ。…ね、正式な届出の書類、今から作成しようよ。」  司季の提案に、今度は犬童が驚いた顔をした。それから真剣な面持ちに切り替えて問う。 「君はそれで、本当にいいの?」 「うん。」  間を置かず、司季は頷いた。  犬童は再度立ち上がると、A4サイズの電子ペーパーと、専用のペンを持って来て、司季に手渡した。 「これはΩ管理局の書類だけどね、順番的にはこちらが先なんだ。」  その書類には、1ページ目に司季の基本データ、2ページ目に番となったαの申請書、3ページ目に番成立を受理した内容が記載されていた。 「…名字ってさ、変わるの?」  司季が上目遣いで問う。 「Ωが同性婚する場合、別姓がデフォルトになってるんだよ。…私の姓になりたいのかい?」 「…なりたい。」  小さく囁くように答えた司季は、照れ隠しのように、電子ペーパーのページを送った。  4ページ以降は、Ωに関するもの全てが箝口令の対象である事と、それに同意する為の署名欄が幾つかあった。Ωの存在や施設について話すと、それなりに処罰されるようだった。  ふと、司季は明砂に渡したファイルの事を思い出し、顔色を変える。 「…そう言えば!…俺、高峰明砂って子に、ここの情報を書き込んだファイルを、託しちゃったんだけど…。今、どうしてるかな?」 「その子なら、三日前にΩ化してここを出たよ。ファイルはこちらで、彼に気付かれない内に、削除させて貰ったよ。」 「本当…抜かりないね。」  犬童の余裕のある表情を、少しだけ憎らしく思った司季だったが、ほっとしたように微笑んだ。  幾つかの署名を終えた司季は、その後、犬童と二人で正式な婚姻届にサインをし、役所に提出したのだった。

ともだちにシェアしよう!