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23 司季(Aug.19th)
日付が変わったのも気付かず、司季と犬童は体を繋げたまま、長い時を過ごしていた。
なし崩しにそうなった二人は、場所を変える余裕もなく、処置室の床の上で行為を続けている。
犬童は着衣のまま、司季の背後から覆いかぶさり、更に最奥を目指すように、彼の腰を引き寄せた。
「…ね、また…きそう…。」
司季の首筋には噛まれた跡があり、一部から鮮血が流れていた。犬童はそれを嘗め取り、囁く。
「ああ、私もだ。…もう一度、君の中に出すよ。」
「うん、いいよ。…奥にいっぱい、注ぎ込んで。」
司季は受け入れ態勢を整え、その瞬間を待った。そして、放たれる僅か数秒前に、先に達してしまった。
「ご免!俺、今、先に…!」
言葉が終わらない内に、犬童の精液が司季の中に送り込まれた。
余韻に浸りながら、犬童が囁く。
「場所、移動しようか…。」
司季が頷くと、犬童は結合を解き、上着を司季の裸体に掛けた。
立ち上がろうとした司季を、犬童は軽々と抱き上げる。
「何処に…?」
「本来なら、ここの隣がαとΩの番う為の部屋になってるんだけど、生憎、今、使用中でね。…仕方ないから、所長室へ行こう。」
処置室を出て、犬童は長い廊下を歩き出す。
「ね、妊娠はしないんだよな…?」
犬童の首に手を回し、司季は少し心配そうな顔で訊いた。
「今の処、最初の発情で妊娠した人工Ωはいない。…安心した?」
「うん。…少し。」
妊娠しないと分かると、何故か残念に思えた司季だった。
所長室に着いた。
司季が最初に訪れた時の扉とは別の扉から入ると、そこは仮眠室だった。
シングルベッドに接する壁と、その真上の天井には、幼い頃の司季の写真が沢山貼られている。
「ああ、最悪な部屋…!」
「私にとっては、最高の部屋だけど…。」
犬童はベッドに司季を下ろすと、覆っていた上着を奪い、床に放り投げた。
「俺だけ裸って、ずるくない?」
司季は扇情的な上目遣いで、犬童のスーツのズボンに手を掛ける。
「そうだね。」
司季が下を脱がせるのと同時に、犬童もシャツのボタンを外していった。
意外に筋肉質な体が露わになる。
「…いいね。また、燃えてきた。」
縋るように抱き着いた司季は、犬童をベッドに引き込み、彼を下にして跨った。
犬童は成長した現在の司季と、写真の幼い司季を秘かに見比べると、憂いの表情を浮かべる。
「6歳の君が誘拐された時、色々、酷い噂があったよね?」
犬童が少し言い辛そうに訊くと、司季は軽く鼻で笑った。
「…ああ、ゲイの誘拐犯にレイプされたとか?そんなのなかったよ。…呂津サラーフは女だったからね。」
「そ、そうか。…それは良かった。」
そう言った犬童が、少しだけ残念そうな顔をした事に、司季は気が付かなかった。
「俺がこっちになったのは、犬童さんが初めてだよ。」
司季は指先で、犬童の腹部や胸部を撫で始める。
「公亮 って、呼び捨てにしていいよ。」
司季は跨った背後に、萎えてない犬童のものを確認すると、腰を浮かした。そして窪みに宛がうと、ゆっくりと腰を下ろしていく。
ゆるく、何度か上下して、徐々に奥に到達させていくが、全部は咥え込まずに、犬童の様子を窺っているようだ。
「ねぇ、義眼(デバイス)のメンテナンスって、どうしてる?」
「…こんな時に、そんな話?」
「そう…。話したいんだ…。」
司季は結合が解けないように気遣いながら、腰をくねらせ、犬童への愛撫も忘れない。
「自分でしてるよ。…司季君も、一人で出来る筈だよ。」
「本当に?…ナノマシ…ン、使うんだろ?」
「そう難しいプログラムじゃない。私がしてあげてもいいけど…。今度やり方、教えてあげようか?」
「是非!有難う…。」
司季は体を傾けると、お礼のキスを犬童の唇に軽く落とした。
「序でにバージョンアップの方法や、便利なアプリとかも教えてあげるよ。」
更にご褒美を、という形で犬童はキスを強請り、司季はそれに応えた。
「もっ…と早く、公亮に会いたかったな…。ん…あ…いいトコ、当たった…。」
司季の反応に、今まで動かなかった犬童が手を伸ばし、司季の腰を掴んだ。そして、司季の上下運動を手助けし始める。
「もっと早く出会ってたら、司季は抱く側を、知らないままだったかも知れないよ。」
「そんなの、知らなくて良かったよ…。今が一番…んッ…気持ち…い…からぁ…。」
「…どうする?そろそろ、本気出す?」
「ヤダ…。まだ、このまま…会話する…。」
「どうして?…もう、辛そうだよ?」
「まだだよ。…イッ、まだ…イきたくないんだ…。」
「…じゃあ、動くのやめようか?」
「それはダメ。…このまま、…話したいんだよ。…だって、話す事、沢山あ…あっ…て、でも…交尾も…したいだろ…?」
司季は仰 け反り、それから俯くと、犬童の腹部に舌を這わせた。
「ダメだ…。私の方が持たない…!」
犬童は激しく司季を揺さぶり、下から何度も突き上げた。
「アッ!…ダメだって!…もう!」
抵抗も虚しく、司季は下にされると、何度目かの犬童の劣情を味わったのだった。
荒い息遣いが治まってきた頃、犬童はぴったりと寄り添い、腕に絡みついている司季の頭を撫でると、ゆっくりと起き上がった。
「飲み物を取って来るよ。…何か水分を補給した方がいい。」
名残惜しそうに犬童の腕を離した司季は、上半身を少しだけ起こし、彼の帰りを待った。
間もなくして、チアパック入りの飲料水をひとつだけ手にして、犬童が戻ってきた。
「体、大丈夫?」
「…少し、落ち着いたけど、公亮の傍にいると、なんか…きゅんきゅんする。」
そう言って顔を赤らめた司季は、受け取ったチアパックで、その頬を冷やした。
シングルベッドの上に、二人は肩を並べて座る。
「あのね、司季。…驚かないでほしいんだけど、番になった後は、自動的に入籍が完了してしまうんだよ。」
「え!?…入籍?自動的にって、どういうシステムで?」
司季は目を丸くする。驚かないのは無理なようだった。
「順を追って説明した方がいいのかな?…Ω化した人間は、番を持たない状態では外へは出さない。番の権利を得たαが事前に申請し、健康管理アプリを通してデータ化された、Ω固有のフェロモン因子に変化が生じると、Ω管理局に送信され、入籍が完了するんだ。あ、でも、一応…仮って形で、正式には、ちゃんとした婚姻届が必要になるんだけどね。」
「プロポーズもされてないのに、勝手に入籍なんて…。」
ショックを受ける司季の首の後ろを、犬童が優しく指し示す。そこには真新しい噛み傷があった。
「これが…プロポーズの証なんだよ。」
司季は納得しようと努力しながらも、疑問を口にする。
「…番って、そもそも何?特別な呼び方をするんだから、特別な何かがあるんだろ?」
「勿論、あるよ。…αと番にならないと、Ωは発情期の度に特有のフェロモンを発して、周囲の男性や、αの女性を引き寄せるんだ。そして分別付けずに性交渉する。種付け行為が終わらないと、発情は治まらないらしくてね。でも、決まったαと結ばれれば、フェロモンは、そのαにしか伝わらなくなる。」
「なるほど…。じゃあ、今、俺から出てるフェロモンは、公亮にしか分からないんだ。」
納得した司季は、笑顔を見せた。
「そうだよ。同時に私のフェロモンにしか、司季は反応出来なくなっている。それが番になった後のΩの特徴だ。」
「そっか。浮気防止できて何よりだ。…ね、正式な届出の書類、今から作成しようよ。」
司季の提案に、今度は犬童が驚いた顔をした。それから真剣な面持ちに切り替えて問う。
「君はそれで、本当にいいの?」
「うん。」
間を置かず、司季は頷いた。
犬童は再度立ち上がると、A4サイズの電子ペーパーと、専用のペンを持って来て、司季に手渡した。
「これはΩ管理局の書類だけどね、順番的にはこちらが先なんだ。」
その書類には、1ページ目に司季の基本データ、2ページ目に番となったαの申請書、3ページ目に番成立を受理した内容が記載されていた。
「…名字ってさ、変わるの?」
司季が上目遣いで問う。
「Ωが同性婚する場合、別姓がデフォルトになってるんだよ。…私の姓になりたいのかい?」
「…なりたい。」
小さく囁くように答えた司季は、照れ隠しのように、電子ペーパーのページを送った。
4ページ以降は、Ωに関するもの全てが箝口令の対象である事と、それに同意する為の署名欄が幾つかあった。Ωの存在や施設について話すと、それなりに処罰されるようだった。
ふと、司季は明砂に渡したファイルの事を思い出し、顔色を変える。
「…そう言えば!…俺、高峰明砂って子に、ここの情報を書き込んだファイルを、託しちゃったんだけど…。今、どうしてるかな?」
「その子なら、三日前にΩ化してここを出たよ。ファイルはこちらで、彼に気付かれない内に、削除させて貰ったよ。」
「本当…抜かりないね。」
犬童の余裕のある表情を、少しだけ憎らしく思った司季だったが、ほっとしたように微笑んだ。
幾つかの署名を終えた司季は、その後、犬童と二人で正式な婚姻届にサインをし、役所に提出したのだった。
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