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24 司季(Aug.23th)

 Ωになった状態で、初めて司季は職場である鏑木探偵事務所を訪れた。  何故か応接室の方に通されると、不機嫌極まりない所長の一真が待ち受けていた。  勇気を出して事の経緯を誤魔化しつつ、犬童と結婚した事を報告すると、予想以上の怒声が返ってくる。 「助けに行ったあの日から、一週間以上も音沙汰無しで、急に帰って来て、結婚しましたじゃねぇよ!」  司季は恐縮して見せる。 「ご尤もです。…でもさ、俺自身もサプライズだったんだよ。」 「何がサプライズだ!あっさり騙されやがって…!」  そこへ二人分のコーヒーを淹れてきたエリサが、司季をぐいっと横に押しやって座り、ちゃっかりと参加してきた。 「…だから、こういう事でしょ?犬童って奴が、僕が義眼デバイスを作った張本人だよぉ…って、名乗り出る為のサプライズだったっていう…。」  彼女なりに、フォローに来てくれたようだった。 「そうだよ。そう説明してるのに…。」  それでも一真の怒りは収まりそうにない。 「あいつは…”昔からの司季君のファンで、どうしても会いたくて、手の込んだ事をしてしまいました”…とか、()かしやがったんだ。危険なストーカーの類にしか、見えなかったぞ!」 「まあ、私も納得できない分は、幾つかあったんだよね。」  不意にエリサも、敵側に回るような視線を送ってくる。  15日の深夜、司季を救出に向かった一真とエリサは、臨海道路の途中で、地上側ではなく海底へ降り立つ、怪しげな昇降施設を見つけたのだった。  車を停め、歩道から懐中電灯で照らすと、”関係者以外立入禁止”の看板が立っていた。それを無視し、施錠された扉を調べていると、急に扉が開き、犬童公亮が二人のボディーガードを従えて現れたのだった。 「最初、海底トンネルに通じてる施設と思ったんだけど、それにしてはセキュリティが半端じゃなかったんだよね。…司季ちゃんは海底の、どんな所にいたの?」  短時間だったとは言え、突破できなかった扉を思い出し、エリサは渋い表情を浮かべて訊いてきた。 「…とある研究施設だよ。」  言葉を濁す司季に、一真が追い打ちを掛ける。 「一旦、戻ってから、改めてその施設を調べようとしたら、国が関与してるとかで、圧力を掛けられた。司季、お前は一体、あそこで何をされたんだ…?」 「何もされてないよ。…俺はただ、サプライズを受けただけ。」 「サプライズするのに、極秘施設に呼び寄せるのは変じゃない?」  エリサに揚げ足を取られ、司季は咄嗟に嘘を吐く。 「犬童はそこに住んでるんだ。…で、そこに義眼デバイスの資料とかもあって、それを見たから、俺は彼を信じた。」  一真が深い溜息を吐く。それは怒りを抑えこむ為のものでもあった。 「俺はあの男が信用できないんだよ。自分のIDを偽装して近付いて来るなんて、そんなの普通じゃないだろ…?」 「事前調査で嘘だってバレたら、俺達が動かないからだろ?」 「だから、なんでそこまでして、手の込んだ事をする必要があったんだ!?」  再び、一真の声が荒げられた。 「司季ちゃんさ、所長が怒ってる意味、ちゃんと分かってる?」  エリサが見兼ねたように、口を挟んできた。 「…分かってる。俺の事、心配してくれてるんだろ?でもさ、今後は心配させることはしないから。今回の事は、本当にご免なさい。」  司季は深く頭を下げた。そこへ一真の冷たい言葉が降り注いでくる。 「司季、お前はクビだ。…専業主夫でもやってろ。」 「また、話しに来るから…。」  一真の立ち去る後ろ姿に言葉を投げ、司季は探偵事務所を後にした。  司季は港区某所にあるカディーラ本社のゲートを通過すると、エレベーターで降下し、地下通路へ出た。エリサの尾行アプリを警戒しつつ、通路を数メートル進むと、社員寮専用のゲートへ辿り着いた。  中へ入り、エレベーターで一気に40階まで上がる。そのワンフロアが、現在の犬童の住まいなのだった。  社員寮とは思えない、高級ホテルのような一室で、犬童に出迎えられる。 「ホームはどうだった?」 「厳しい感じだった。…探偵事務所はクビになったよ。」 「そうか…。それは残念だったね。」 「いいんだ。いつ子供が出来るか、分かんないしね。」  そう言うと、司季は軽い背伸びと共に、犬童の唇にキスをした。 「避妊は可能だよ。発情抑制剤だって、効いているだろう?」  二人はリビングのソファに寄り添うようにして座った。 「公亮は子供、…欲しくないのか?」 「欲しいよ。でも、怖くないかい?…きっと、想像を超える経験をすると思うよ。」  犬童が優しく司季の肩を抱いた。 「…怖くないよ。公亮がついてるし。」 「まだ若いんだし、無理しなくていい…。」 「無理はしてないけど。…俺、公亮の為に何かしてあげたいんだ。俺に、何か手伝える事はないかな?」 「手伝える事か…。そうだな…。」  犬童は暫く考え込んだ後、何かを思い着いた顔をした。 「それじゃ、Ω管理局のレスキューチームに入ってみないか?」  その提案に、司季は首を傾げる。 「Ω管理局って、Ωを管理している組織だよな?…番の管理してたりとか。」 「そうだよ。色んな部署があるけど、君にお勧めなのは、レスキューチームだ。…Ω絡みは、それなりにトラブルが発生する。Ωに危険が生じると、緊急通報システムが作動して、そこでレスキューチームが出動する事になっているんだ。…Ωへの虐待は、あってはならないからね。」 「Ωの俺に、レスキューなんて、出来るのかな…。」  司季は自信なさげな表情を浮かべた。 「君の能力は何も変わっていないよ。…性別が変わって、不安なのかも知れないけど、君が反応してしまうのは、私にだけだ。」 「うん…。俺は、公亮が望むことをする。…明日にでも、Ω管理局を見学させてよ。」  犬童に励まされると、司季は幾分か、自信を取り戻したようだった。 「きっと、驚くよ。特に地下都市の現状だ。世間に公表されているよりも、ずっと開発が進んでいる。Ω管理局専用の地下鉄道は、あらゆる場所へ行けるように、地下を網羅しているんだよ。」 「資金源はα様達?」 「ああ。…だから少々、汚い真似も行っている。」 「オークション・ルートとか?」  カディーラ本社の地下玄関で行われる選定で、αから指名を受けたβ達はリクエスト・ルートへ、それ以外はオークション・ルートへ送られるという。  オークション・ルートはその名の通り、αに高額な金で競り落として貰うルールなのだ。 「事前に合意を得てΩ化させるのが最善策なのは、みんな分かっているんだけどね。…話し合いに失敗すると、Ωの情報が漏洩するリスクも高まる。それで、後報の形を取るようになったんだ。リクエスト・ルートには、Ωになるのを承知の上で参加している子も二割程いるけど、オークション・ルートに事前の合意はないからね。体の変化や、急な番との出会いに、ショックを受ける子達も大勢いるだろう。それでも、Ωの人口を3%まで増やそうという目標が、裏で掲げられていてね…。」  司季は全てを理解しているような顔で、深く頷く。 「…でもさ、ほら、不幸になったΩは、今の処、いないんだろ?」 「そのつもりだけど、彼らの細かい心情までは、こちらに届かないから…。」  犬童は心配そうに、司季の顔を覗き込んだ。 「司季は本当の処、どうなの?」 「…どうって。ちゃんと幸せを感じてるよ。だって公亮は、俺がずっと探してた人だったからさ。」  司季の笑顔を他所に、犬童は戸惑いを隠しきれない様子になる。 「全ては、君に拒否される前提だったんだ。君は一生、私を許さない。そういう前提で、私は君をΩにした。それなのに、君の態度は想定外過ぎて…。」 「騙されたと分かった瞬間は、憎しみで一杯だったよ。でも、俺に目を…光を戻してくれた人は特別だからさ…。今は公亮の傍で、尽くしたいって思ってる。」 「本当に?…私は君を手に入れる為に、ストーカー的な行為もしていたんだよ。そして実際に、君を陥れた…。」 「それだけ俺が欲しかったんだろう?…許すから、もう、そんな顔しないで。」  司季は犬童の顔を引き寄せると、彼を犯すようなキスを始めた。  それを受け身に味わいながら、犬童は思いを馳せらせる。 ――…でも君は、私の本当の欲望を知ったら、殺したいほど、私の事を憎むだろう…。  犬童が大切に保管している司季の写真の中に、現在の司季の写真は一枚もない。  犬童が本当に欲しているのは、幼い頃の司季なのだ。  17年前、家族を惨殺され、誘拐された少年の事件報道で、犬童は初めて司季の存在を知った。  6歳にしては大人びた造形の、美しい顔に目を奪われてしまった犬童だったが、最初は可哀想だと普通に同情したくらいだった。しかし、連日の報道に加え、ネット上の様々な憶測まで目にするようになると、次第に犬童の頭の中を、司季が占めるようになっていった。  特にゲイの誘拐犯にレイプされたという噂は、当時15歳だった犬童少年を興奮させ、自慰へと導いた。  そんな日常の最中、犬童はΩの存在を知った。αに生まれると、Ωの話を耳にするのは必然的な事らしかった。  犬童は大人になり、進んだ道の先で、絶滅したΩを復活させようとしている研究機関の存在を知った。  その時犬童は、司季をΩに変えて自身の番にし、子供を産ませるという可能性に思考を奪われたのだった。  実力を認められ、若くしてΩ研究の代表となった犬童は、抵抗する司季を捉え、縛り付けて監禁し、そして種を注いで孕ませるといった妄想を糧に、成果を上げた。  その犬童の計画は、まだ終わっていない。  彼の計画――それは、受精卵の遺伝子操作をして、司季にそっくりな男の子を産ませ、その後、司季を突然死に見せ掛けて殺害する。そして息子と二人で暮らし、絶大な信頼関係の中、ごく自然に幼い息子を犯すというものであった。 ――それなのに君は、昏睡していた三日間、髭面になることもなく、あどけない顔で私を誘惑し続けた。…そして目を覚ましてからは、想像もしていなかった甘えた表情で、私を求めてくる。今の…成長した君を可愛いと思い、ずっとこのままでもいいと思えてしまうのは、番という特殊な関係になってしまったからなのだろうか?  犬童の中に生じた迷いは、司季が早くに妊娠してしまわないようにと配慮させた。 「…それが、本当の司季なの?」  犬童は無意識の内に質問していた。 「…何が?ああ、甘え過ぎなトコ?…自分でも驚いてる。公亮の番になって、今まで誰にも甘えてはいけないっていう抑圧から、解放されたみたいなんだ。…ダメかな?」 「いや、可愛い司季が見れて嬉しいよ…。」  司季は犬童のシャツのボタンを外していくと、首筋や胸に舌を這わせた。 「ねぇ、抑制剤が切れたみたいだ。…公亮の精子でケアしてよ。」 「いいよ。…ここで?それともベッドへ行く?」 「ここでして、それからベッドでもする。」  それに応えるように、犬童は司季を裸体に剥き始めた。 ――ああ、願わくば、君を傷付けずに済ませたい…。  沸き起こる闇と戦い続ける犬童に気付かないまま、司季は彼を愛し、彼の全てを求めた。                  <司季編END>

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