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第2話・序奏(1)

(一)  意識下から聞こえてくるのは、懐かしい低い声だ。 (――父さん……)  彼を理解した途端、その声は、頭から消え失せた。  閉ざした眼をゆっくりと開いていけば、穏やかな真っ白い光が視界を覆う。鋭い漆黒の眼に月明かりに照らされた天井が映った。 「……夢……か」  キングサイズのベッドからゆっくり起き上がった(あかつき)は、瞳と同じ色をした漆黒色の滑らかな前髪に指を差し込み、()きあげた。  寝汗をかいていたのだろう。艶やかな髪はしっとりと濡れ、象牙色の美しい肌がじっとりと汗ばんでいた。半開きになっている窓から入ってきた冷たい夜風に撫でられる。  ――父がこの世から去って、いったいどれくらいの時間が経過しただろうか。  静かな冬の寒空に思い馳せれば、父が亡くなった直後の感覚が鮮明に蘇る。  当時、暁はもう父の側におらず、麓へ降りていた。父の命が尽きた時は本当に不気味だった。  明るい太陽の日差しの中、行き交う人々。街中を歩いていたハズなのに、凍てつく氷山を思わせる鋭い刃物で貫かれたような感覚。己の魂が削られたような痛みが身体中を襲った。 『――自分が死した時は……』  生前、父が口癖のように、よくそう言っていたことを思い出す。  それはおそらく、他の妖共とは比べようもないほどの長寿と、恐ろしいほどの英知を手にしている妖狐だからこそ為し得ることの出来る、外敵から地球(ほし)を守るという宿命を背負った父の――死を覚悟した言葉だったに違いない。

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