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序奏(7)
「若、若!!」
玄関の扉を何度も叩く者は、人間で言うならば、年の頃なら二十五歳前後だろう。
張りのある男の声が、ゆっくりとした足取りで玄関へと向かう暁を急かす。
だが、暁は彼が自分と同族であることは知っている。
「若、一大事でございます!!」
暁のことを『若』と呼ぶのは、彼もまた暁が妖狐族として王の後継者であるということを知っているからだ。
暁は何事かと思いながらも、男の忙しない言動に、やがて目前に見えた玄関の扉を開いた。
「……どうした。深夜に騒がしいぞ」
扉を開けたそこには、暁よりもやや背が低い、闇夜を思わせる短い髪に、目つきが鋭い青年が立っていた。
青年の小顔には、玉のような汗が滲 み出ており、悲壮感を漂わせていた。
「若、一大事でございます!!」
暁が寝室から玄関に辿り着くまでの、この間に、その言葉を聞くのはいったい何度目になるだろうか。
息を切らせながら、『一大事』を繰り返す彼は、暁がいる孤立した林を思わせるこの土地まで全力で走ってきたのか、苦しそうに膝を押さえて中腰になった。
「いったいどうした、生成 」
暁が彼の名を呼ぶと、彼は顔を上げ、ゆっくりと言葉を吐いた。
「祇王様の亡骸が……消えました」
【序奏・完】
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