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邂逅(28)

 だが、それも紫苑を抑えている腕から逃れることなど出来るはずもなかった。  混乱する頭をなんとか鎮めようと、息を吸えば、しかしその行為がまさか(あだ)になるとは、本人も予想すらしていなかった。  鼻孔から勢いよく空気を取り入れた瞬間、今まで本能が避けていた香りを体内に運んでしまう。  それはとても甘く、だがどこかクセのある、辛夷(こぶし)という花の香りに似ている気がする。 「あっ!」 (な……に?)  一度、辛夷の馨香を体内に送り込めば、次から次へと欲してしまう。  その香りは紫苑の頭を働かせるどころか、さらに麻痺させてくるではないか。おかげで周囲を取り巻く魔力は勢いを失くし、蜷局を巻いていた爆風も消え失せていく。  そんな紫苑の様子を感じ取った暁は、にやりとした。  どうやらこの悪魔もまた、暁の香りを嗅いだのだろうことを知ったのだ。  まさか、本当に悪魔が伴侶であるなどとはあるはずもないとまだ疑っていたが、それは紛れもない事実であったようだと確信した。  ――これでますます暁の思惑通りに進むであろうことは間違いない。 「んっ、っふぅ……」  首筋を少し愛撫しただけだというのに、目の前の悪魔は先ほどまでの抵抗が少しずつ消え失せ、陶器のような白だった頬が、紅潮しはじめている。  それどころか、暁が聞きたいと思っていた甘い声を、少しだが放つようになっていた。  その声は暁が思っていた以上に魅惑的で、自身をより昂ぶらせてくれる。

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