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第5話・惹導(1)

 (一)  紫苑(しえん)は、五感すべてを奪わんとする妖狐から放たれる辛夷(こぶし)の香りと彼の愛撫によって己の欲望を刺激され、抵抗することもできないまま朦朧とする意識の中で彼の腕の中にいた。  果たして妖狐はどこに向かっているのだろう。  判らない。  重要なのは、彼がとても魅惑的なことと、甘美な情交のみだ。  しかしこれはけっしていい兆候ではない。  そう思うものの――この誘惑には勝てそうにない。  とにかく今は、身体中から込み上げてくる狂おしい熱を吐き出したい。  どのくらいの時間、悶えていただろうか。  突然、彼の身体は冷たい地面に下ろされた。  ここがどこかもわからないが、それすらも考えられないほど紫苑の頭は刺激的な香りと疼きによって思考する能力が途絶えてしまう。  彼はただただ、発火しそうなほど熱を持つ身体を冷たい地面に擦りつけ、もがいていた。  そんな紫苑を、妖狐は冷淡な表情を浮かべて見下ろしていた。  いや、冷淡な表情ではない。  だって、紫苑と同じように彼の中心にある欲望がスラックスを押し上げている。 「っく……」  プライドの高い紫苑は、見下ろされるのが大嫌いだった。  しかも自分は今、衣服を取り除かれ、胸部をはだけさせられている。  力を振り絞って、この場所から出ようと試みるものの、恐ろしいほどの疼きが全身に行き渡っているため、下肢に力が入らない。肘に力をいれ、硬い地面に自分の身体を擦りつけるようにして這いつくばった。

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