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第6話 寿輪楼夜話・4
「ギイイヤアァァ──ッ!」
「こここ小椿さんっ、勝手に叫び声を足さないで下さいっ!」
本を閉じた一郎太さんがふぅと息をつき、机の上にそれを置きながら言った。
「指切りげんまんの話は、どの遊廓でも実際一つや二つはあるだろうな。客にとっては破っても造作も無い約束事だが、客を愛してしまったお女郎達はまさに命がけだ」
風雅さんにしがみついてぶるぶる震える俺に、雷童さんが言った。
「げんまんて、拳骨で一万回殴るって意味なんだよ。約束破ったら一万回ぶん殴ってから更に針千本飲ませてやる、っていう怖い歌だよね。……でもこの公三郎は、それだけの仕打ちを受けても仕方ない酷い男だ!」
風雅さんがそれに頷き、苛立った様子で吐き捨てた。
「ああ、全くだ。汐月太夫の代わりに俺様がコイツをぶん殴ってやりてえ気分だぜ」
「大体なあ、この男はどうせ違う廓でも同じことを──」
「………」
皆、お女郎さんに感情移入しまくってる。
指切りげんまん。客は破っても造作もない約束事でも、愛した女郎は命がけ。
「………」
俺だってもしも天凱さんが他の男遊の所へ行ってしまったら、……。
「うう……うん」
「彰星さん。彰星兄さん、どうされました」
その夜はうなされてしまった。昼間聞いたのっぺらぼうや汐月太夫の話が夢に出てきて、見世が終わった後もなかなか寝付けなかったせいだ。
「うう、……指切り、げんまん……」
「彰星さんっ?」
淡雪に体を揺さぶられ、ようやく俺は悪夢から現実へ戻ってくることができた。部屋の中は淡雪が点けたと思われる枕元の行灯にぼんやり照らさている。まだ真夜中らしい。三時くらいだろうか。
「淡雪……」
「寝汗で布団がぐっしょりです。手拭いと新しい布団を持ってきますから、待っていて下さいね」
「あ、ありがと……暗いから気を付けてね」
ぱたぱたと部屋を出て行く淡雪を見送った後で、俺は自分の言葉を後悔した。
──こんな暗い部屋で、一人ぼっちになってしまったじゃないか。
「あああ、淡雪やっぱり行かないでっ……」
しかし時すでに遅し、淡雪の姿はもう見えない。俺はじっとりと重い布団を頭まで被り、汗だくになりながらも頭の中で楽しいことを考えた。
大好きな飴玉とチョコレートの甘さ。湯気の立つ白いご飯にお味噌汁。天凱さんのお父さんが作ったふわふわのイチゴのケーキ……
「だ、駄目だっ! お腹が空いちゃう!」
雷童さんのひまわり色の髪。風雅さんの氷色の髪。一郎太さんの流れるような黒髪に、小椿さんの、
ギイイヤアァァ──ッ!
「ひえぇっ……!」
昼間三度も聞かされた小椿さんの悲鳴が、頭の奥で化け物の咆哮に変わる。それに釣られる形でのっぺらぼうが闇の中から現れる──馬鹿馬鹿、何でこんなこと思い出してしまったんだ、俺の馬鹿っ!
「淡雪、早く戻ってきて……!」
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