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第6話 寿輪楼夜話・6
「も、もおぉっ、驚かせないで下さいよっ……!」
「あはは。彰星は素直だから脅かし甲斐がある。──で、どうした? 小便でも行くのか?」
「……驚きすぎて、おしっこが引っ込んでしまいました」
怖かったけれど正体が小椿さんであったことに安堵し、俺は立ち上がって腕組みをした。
「今、淡雪が布団を取りに行ってくれてるんです」
「寝小便したからか」
「ち、違いますっ!」
小椿さんが懐から取った煙草を振り出し、一本咥えて燐寸を擦りながら言った。
「じゃあ、俺のお付きの辰治 とも鉢合わせするかもしれねえな」
「辰治くんも布団を取りに? 小椿さんこそ寝小便したんじゃないですか?」
「いや、寝てたら汐月太夫の夢を見ちまって、恥ずかしいがうなされてな……。寝汗で濡れた布団で寝てたら風邪ひくってんで、辰治が布団を取りに行ってくれたんだ」
俺と全く同じだ。
もしかしたら雷童さんや風雅さんも、今頃お客さんの横で……。
「い、一郎太さんは大丈夫かなぁ……」
「あいつは意外に神経が図太いから、グースカ寝てるだろうよ」
悪口にも聞こえるけれど、何もなく寝られているならその方がずっとましだ。
「彰星さん。小椿兄さん」
「あ、淡雪。辰治くんも……良かったぁ」
二人分の布団を協力して運ぶ淡雪達に駆け寄り、自分の布団を受け取る。これでひとまず安心だ。部屋に布団を運んだら改めてトイレに行って、寝るだけ。
「ありがとうね二人共。こんな夜中にごめんね」
「いいえ。彰星さん汗かかれましたから、ついでにお風呂入りますか?」
「ううん大丈夫。……今は絶対お風呂は入れない……」
俺達は西へ、小椿さん達は東へ。左右に分かれて各々部屋に戻る中、枕を抱えた淡雪がふいに小さく歌い出した。
「ゆーび切りげんまん、嘘ついたら針千本、……」
「淡雪、その歌……」
「布団を出してたら、外から女の人の歌が聞こえてきたんです。どこかの楼でお女郎さんがお客さんと歌ってるんでしょうね」
「………」
今夜また一つ生まれようとしている弥代怪談。俺は歩きながら身震いし、また尿意が催してくるのを感じた。
俺の先を歩く淡雪が、ぽつりと呟く。
「昔のお女郎さんは心中立 といって、この方と心に決めたお客さんに本当に小指を贈ってたんですって」
「………」
「その気持ちを無残に裏切られたお女郎さんは、泣いて、泣いて……溺れるほど泣いて」
「あ、淡雪。もういいから……」
「目も鼻も口も、溶けて落ちてしまったんです」
ゆらりと、淡雪が俺を振り返る。
「ギイイヤアァァ──ッ!」
はっとして飛び起き、俺は辺りを見回した。
「ど、どうしたんですか彰星さんっ!」
「……ゆ、夢」
慌てて布団から出た淡雪が部屋の明かりを点け、手拭いで俺の額の汗を拭く。
「いきなり叫ばれるからびっくりしましたよ。怖い夢でも見られました?」
「淡雪……」
不安げに俺を覗き込む淡雪の顔には、ちゃんと目も鼻も口もある。
「よ、良かったよおぉ……」
「わ、彰星さん。布団が汗でぐっしょりです。そ、それに……えっと」
あまりの恐怖と突然の安堵のためか、……俺の下半身は濡れていた。
「どうしたの、彰星っ?」
「何があった!」
俺の悲鳴を聞きつけた隣の部屋の雷童さん、風雅さん。
「今の声は何だっ?」
同じ西部屋の銀月さん。東部屋の一郎太さんに、小椿さん。他の男遊さんとお付きの子達。
「な、何だあっ?」
果てはお義父さん、番頭さんまで。
「あ……」
煌々と灯る明かりの下、曝け出された俺の布団に出来た染み。
「彰星……」
驚愕していた兄さん達の顔が、みるみるうちにニヤけ顔へと変わって行く。
「で、……」
「彰星、お前、……」
「出てって下さいいぃ──ッ!」
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