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第8話 兄さん達のとある事情・7

 翌日の朝食後──。 「なるほど、薄荷飴があれば煙草の本数も減らせるかもしれねえな!」 「風雅お前、柳来の旦那に言って、それ用の薄荷飴を作らせろ。廓中の男遊とお女郎が殺到するぞ」  牡丹さんと小椿さんは、口の中で薄荷飴を転がしながらしきりに感心している。 「これなら美味いし、口臭予防にもなりそうだしな!」  俺も一つ口に入れたのだが、とても辛くてずっと舐めていられない。 「彰星、顔が引き攣ってるぞ」 「か、辛いです……薄荷ってこんなに辛いものなんですか?」 「……お前は別に薄荷じゃなくてもいいだろうな。イチゴでもブドウでも同じだろ」 「その方がいいかもしれません……」  小椿さんに撫でられて気落ちしていると、横で雷童さんがお味噌汁を啜りながら笑った。 「俺はもっと良い方法考えたよ。口の中に精子の匂いを残したくないなら、初めから残さなきゃいいんだ」 「どういうことだ?」  風雅さんがそれに反応し、顔を向ける。 「俺、昨日のお客さんにさあ、試しに言ったんだよ。『俺は今虫歯が酷くて、とても直接できません。虫歯菌が旦那さんの大事な所に入ってしまったら大変ですから』ってね」 「へえ! それでどうなったんだ」 「せめてスキンを被せてからお願いします。って、本当に申し訳なさそうに言ってさ。そしたら優しい旦那さんだったから、『今夜は口でしなくてもいいよ』って」  おおお、と兄さん達が歓声を上げた。その手があったか。天才雷童。  そうして寿輪楼では一瞬だけ薄荷飴が流行りかけたが、雷童さんの根本的な部分の解決策を聞きつけた男遊達が次々「虫歯」を理由に尺八を断り出したため、怒ったお義父さんが男遊全員を恐怖の歯医者さんへと連行したのだった。  虫歯を理由に出来なくなった男遊達は仕方なく薄荷飴や煙草に戻ったが、そんな中で風雅さんが柳来さんにおねだりして作らせた口臭消しの丸薬「さくら薄荷」が売り出され、弥代てまりに続く人気商品として弥代の歴史に名を刻みそうなのだとか。 「いつの世も遊廓が流行発祥の地になってるんだなぁ」  さくら薄荷を口に入れながら天凱さんが笑う。 「でもこれは、元々は天凱さんがくれた薄荷飴が始まりになってますからね」  丸薬なら舐める必要がないから、俺でも飲むことができる。 「ウチでも薄荷のケーキなんか作ってみようかな。チョコレートに薄荷を混ぜて……」 「は、薄荷ケーキ。……俺は、絶対味見しませんよ」  そんな歴史を産み出しながら、今日も弥代の夜は更ける。  俺は天凱さんに膝枕をしながら窓の外に目をやり、飲み込んだ丸薬が腹の中で桜の花を咲かせるところを思い描いた。  第8話・終

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