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第11話 思いがけない1日・5
そうして三人で色々な屋台を吟味し、雷童さんと俺は綿あめを買って食べながら歩くことにした。綿が甘いなんて面白い。口に入れた瞬間溶けて行くのも楽しい。
「風雅は何か食べないの?」
「俺は焼いたイカが食いてえ。……あ、あったあった」
人々の間を縫って辿り着いた屋台では、俺達のように若い男の人達がキモノの袖を捲ってイカを焼いていた。
「一つくれ」
「はいよ。……って、お前。寿輪楼の風雅じゃねえか!」
中心となってイカを焼いていた青年が、風雅を見て目を見開いた。
「そうだが……?」
雷童さんが屋台の看板を見上げて「あ」と声を漏らす。釣られて俺も視線を上げると、そこには「いかやき」の文字の横に「彩藤 楼」の紋が描かれていた。
「彩藤楼は、寿輪楼の次に人気の男娼楼だよ」
「へえ!」
雷童さんが教えてくれて、俺はパッと顔を輝かせた。初めて会う他の娼楼の男遊さん──何だか凄く感激してしまう。
「よろしくお願いします! 俺、寿輪楼の新人の彰星です!」
「……お前が彰星か」
が、イカを焼いている男遊さんは全く笑ってくれない。それどころか機嫌が悪そうですらある。
「あ、あの……?」
「フン。寿輪楼の野郎共に食わせるモンはねえんだよ」
「えぇっ? そ、そんな……」
冷たく吐き捨てられて怯える俺の横で、腕組みをした風雅さんが挑発的な笑みを浮かべて言った。
「そうやっかむなって、寿輪楼の受け皿さんよ」
「う、受け皿だとっ?」
「ウチが満室の時にあぶれた客を引き受けてくれるだろ、いつも感謝してるんだぜ」
「てめえぇ……!」
「ふ、風雅さんっ!」
慌てて風雅さんと屋台の間に割って入り、俺は彩藤楼の男遊さんに向けて愛想笑いを浮かべた。
「すすすいません、失礼なことを……。同じ男遊同士、仲良くしましょう!」
だけど彩藤楼の男遊さんはしかめっ面のまま少しも笑わず、今度はじっと俺を睨んでいる。
そして。
「小僧、彰星。お前初見世で一ノ瀬堂の若さんをモノにしたんだってなぁ」
「どうしてそれをっ?」
「んなモン廓中が知ってる。若さんが選んだ男遊っていうからどんな男前かと思ったら、お前みてえなちんちくりんの小僧だとはな」
「ひ、酷い……!」
いくら何でも初対面でちんちくりん呼ばわりされるとは。
その場にいた他の男遊さんからもくすくすと笑われ、ズンと暗い気持ちになる。
そんな俺の肩を撫でながら、雷童さんが朗らかに笑って言った。
「まあまあ、せっかくのお祭りなんだからケンカはやめようよ。今日は俺達、仕事のこと忘れて来てるんだしさ。ね?」
「む、……」
彩藤楼の男遊さんの顔が赤くなる。雷童さんの剥き出しの肩をちらっと見てからすぐに目を逸らし、また少しだけ上目に雷童さんを見て、再び視線を下げる。イカの焼ける音と煙が彼の赤面顔の効果音になっているようだった。
「ほれ。ウチの雷神様もそう仰ってる訳だし、さっさとイカ焼いてくれや」
「……仕方ねえな、畜生」
ようやくイカ焼きを入手した風雅さんが勝ち誇ったように笑い、俺と雷童さんで彩藤楼の人達にお礼を言ってからまた別の屋台を回ることとなったのだった。
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