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第11話 思いがけない1日・6

 走る子供達、それを追いかける親達。陽気な祭囃子に笑い声。身を寄せ花に見惚れる恋人達と、俺達と同じ前帯の人達。  賑やかな屋台の広場──何もしなくても勝手に胸が弾んでしまう。 「楽しいです! 俺、こんなの初めてです!」 「良かったね彰星。また来年も皆で来ようね」 「はい! 綿あめも美味しかったし……」  食べ終わってもまだ綿あめの棒をしゃぶっていると、風雅さんが少しだけ声を潜めて俺に言った。 「あんまり素直に楽しむなよ。こんなことが出来るのは一年でたった一日だけだ。明日からまた休みなしで働くんだぞ、早めに頭の中を切り替えておけ」 「風雅さん……」 「わざわざ水差すことないのに、意地悪だなぁ風雅は」 「俺はコイツに現実を教えてやってんだ」  風雅さんの言うことは正しいし、今日が楽しければ楽しいほど明日からの仕事が嫌になる気持ちも凄く分かる。俺だってここ最近は、天凱さん以外の客を迎える時は本当に泣きたくなるほど辛い思いをしていたのだ。  それでも俺は死ぬまでに楽しい思い出を一つでも多く持っておきたい。死んで閻魔さんに会った時、こんな俺でも楽しいことが沢山あったのだと言うために。 「ちょっとちょっと、二人共。そんな暗くならないでよ。せっかくの俺のキモノが二人の空気で澱んじゃうんだけど!」  むくれた顔の雷童さんが俺達の肩を叩いた時、背後から「男女郎だ!」と声が聞こえた。  振り返った先にいたのは三人の男の子。いかにもイタズラ坊主といった感じで、りんご飴を手にニタニタと笑っている。  そして何かの流行歌を元にしたものなのか、彼らが唐突に歌い始めた。 「おひさま髪の雷童は 簪さして紅さして 尻出し尻振り客をとる!」 「えぇっ、何それ俺の歌っ? 俺、簪は持ってるけど紅は差さないよ!」  恐らく雷童さんは客とよく廓内を歩いているから、子供達にも存在を知られているのだろう。容姿やキモノも目立つし、それに加えて日頃から大人達の噂を耳にしているのかもしれない。  俺もいつかの稽古帰りに、お女郎さんのキモノに気を取られた女の子が「見るんじゃないよ!」と母親から叱られていた場面を目にしたことがある。そうして子供達はそれとなく俺達を「淫猥なもの」として学んでいくのだ。 「ぎゃはは。雷童、お前大した人気者じゃねえか!」 「風雅さん!」  いつもなら誰より怒りそうな風雅さんなのに、落ち込む雷童さんの背中を叩いて大声で笑っている。  と── 「青髪ツリ目の風雅兄 旦那の前だけ猫かぶる ほんとは地獄の青鬼だ!」 「………」  調子に乗った坊主達が更に風雅さんの歌を歌い、げらげらと笑い始めた。 「……ふ、風雅さん……? ──ひえっ!」  それを聞き沈黙した風雅さんの顔が、みるみる「地獄の青鬼」に変わって行く。 「ぶっ飛ばすぞ、この悪ガキがっ──!」 「風雅さん!」 「風雅! 落ち着いて!」  今にも坊主達に飛び掛かろうとしていた風雅さんを二人がかりで止めている間に、坊主達は俺達の横をすり抜け笑いながら走って行ってしまった。  クソガキ、と吐き捨てた風雅さんから離れた俺は、楽しそうに駆けて行く坊主達の背中に思い切り叫んだ。 「おおい! 今度は俺の歌も考えておいてよ!」

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