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無題

無理をしなくて良い、と言ったその後に寂しげな目をして笑う。 お前はアイツにはなれないのだから、と慰める口調はあくまでも優しくて、自分を慰めるその唇で自分が今まで知らなかった優しいキスをする。 小指や、恋慕や、それを向けていた対象から突き放されたことで出来た傷は少しずつ埋まっていく。共に暮らし、注がれる情によって、欠けた場所が温かなもので埋められていく。 それなのに、自分はこの男の寂しさを埋められない。 伏せたまま、けれど机や引き出しの奥にしまわれることの無い写真立てをそっと覗いた時、この男の側で微笑む知らない男に、お前じゃ駄目なのだと言われた気がした。 それは、この男が何も語らないことに裏付けられるようで、この男に優しくされる度にこの情が向けられるべきは自分ではないという思いばかりが募り、以前とは別の寂しさが蓄積されていく。 意を決し、代わりになれるかと問うたことを後悔した。自分は、あの写真立ての中の男の代わりにはなれない。 「ーーけど」 自分に小指があったのなら。 写真立ての中のあの男のように純粋に、優しく笑うことが出来たのなら。 「けど、俺では、…お前に何も返せない」 この男からの愛情を、全て注いで貰えたのだろうか。 瞠目したまま目を覗かれる。一瞬途方に暮れたような目をしてから、そっと髪を撫でられた。掴んだシャツの胸をそのままに、柔らかい動作で胸元へと導かれる。拒むことの出来ない体温と感触は、同時に表情を伺うことを不可能にさせた。 「要らねえよ」 この男が、取り戻すことを諦めたのは、いつの頃だろう。傷を埋めることを止めたのは、いつの時だろう。 「要らねえから。…ここに、いてくれるだけで良いから」 傷を埋めることは諦めたまま、それでも誰かを求めて自分なんかを拾ってしまう。 独りにさせないでくれ。泣くのを堪えているように打つ鼓動が、ほんの微かに乱れていた。

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