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再訪

格子の外にちらつき始めた白いものに気付いた男はそっと双眸を細くした。その掌は、飽くこと無く青年の髪を撫で続けている。雪だね、と呟く声音の優しさに、青年は男の膝枕の上から同じように格子窓を仰いだ。 「ここらで降るのは珍しいな」 男は、遠い北国から来たという。彼の地での暮らしを、以前寝物語に聞かせて貰ったことがある。この店に初めて訪れた時から今までずっと、男は立派な身分であり、身形であったから青年にその姿は想像は出来ない。 それと同じくらいに、男の語る雪の降り積もる景色は、青年には想像がつかない。狭い格子の外、その下の景色、乾いた大門の中。青年の世界は、酷く狭いままだった。 「…今度、連れて行ってあげようか」 男は夢物語のように青年に降らせる。 遠い雪の降る男の故郷に行く事も、男が家で待つ妻を置いて旅行に行く事も、青年があの門を潜ることも、全て叶わないと知っているから、男が口にするのは夢物語だ。 青年の絹のような髪を男の指が撫で続ける。男が返答を待っているわけではないことを青年は知っている。 降る雪は明日には溶けてしまうだろう。この地では、きっと地面は白く染まらない。 「ーー見てみたいな、」 積もった雪も、男との旅路も、大門から向こうの景色も、何も欲しくは無い。 ただ、この雪の降る夜が続けば良い。 男の手を手繰り寄せて握る。先程まで身体の中にあった熱の代わりを見付けたように、離さぬようにと力を込めた。 「いつか、旦那さんと、」 ただこの夜だけがいつまでも在りますように。初めて目にする白い淡雪に祈ることの儚さすら、青年は知らない。

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