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閃光(仮)

こんな風に会うのは止めた方が良いんじゃないかと言ったのは倫明の方だ。 「…だから、…こうやってこっそり会ってんだろ」 詠斗が1度持ち上げた眉は強気な形に弧を描き、口元に笑みが乗る。倫明の金に輝く髪の後頭部に触れ、秘め事を交わすようなキスが送られた。 倫明には怖いものなんて無いのかもしれない。 詠斗は、倫明のヒーローだった。 同期入団の男をライバルだと思わず、ヒーローだと思った時点で倫明の負けは決まっていた。 ドラフト3位指名の詠斗を侮ったのはドラフト2位指名の倫明の方で、この内外から評価の高い同い年のピッチャーの相方を務められる事が出来れば、共に一軍に上がれると信じていた。 利用する心は投手との距離を縮めていき、やがて配球だとかキャッチングだとかの技術を全て詠斗の為に学ぶようになっていた事も、今にして思えば間違っていたのかもしれない。それでも現役時代はその間違いに気付くことすらなく、気が付けば心の真ん中にいつも詠斗が立っていた。 「っ、…何も、しなくて良いから、」 地方都市のホテルの安いベッドを軋ませる。枕元の時計は、日付が変わるまでにはーー門限まではまだ数時間あった。詠斗の膝に乗り上げつつ自分の指を唇に含む倫明の姿に今日の先発は目を細める。6回1失点は3番手のピッチャーという立ち位置からは及第点だろう。投げ勝った試合は気持ちが良いといつか笑っていた事を思い出す。 その詠斗の身体に負担は掛けさせない。初めて身体を重ねた時からずっと、倫明は同じ気持ちで詠斗の上に乗っている。 「お前、騎乗位好きだよな」 「ん…、」 自ら後孔に指を突き立て、掻き回す倫明が詠斗の囁きに頷く。詠斗は、何も知らない。 立ち位置は、気付いた時には誰の目から見ても明確になっていた。 入団から3年目、片や先発が足りなくなった時に呼ばれた一軍で初勝利を上げて以来ローテーション入りを果たした3番手ピッチャー。 片や二軍で毎年次から次へと入ってくるピッチャーの球を受け、バッティングをさせれば打率2割を行き来する2番手の捕手。 詠斗の立ち位置はグラウンドの中で1番高いマウンドの上で、テレビ中継の中、ドーム球場の照明を浴びて投げる詠斗を観る倫明は設備の整い切らない二軍球場で真っ黒に日に焼け、いつしか一軍に呼ばれることも詠斗の女房役になることも諦めていた。 「ぁ、…っ、」 詠斗の下肢をまさぐり、ジーンズを割って熱を取り出す。絡めた指を上下させては芯を入れ、勃ち上がるその様を倫明はうっとりと眺め下ろす。 熱を帯びた詠斗の視線が注がれる。捲りあげたシャツから覗く胸の突起も、とっくに血を集めて勃起している欲も、自ら後孔を掻き混ぜ喘ぐ姿も全てを見られる事は嫌いではなかった。 だがこの視線を倫明は、ベースの向こうでで受けていたかった。 マウンドから送られるこの視線を、詠斗の身体よりも求めて止まなかった時代がある。詠斗とのセックスは、何故かいつもその時代の事を思い出した。 4年目のシーズンに差し掛かろうかという頃、球団は捕手の補強に乗り出した。ベテランが多いキャッチャーのポジションへのテコ入れだったが、その瞬間、万年二軍の4年目捕手である倫明の戦力外は決まったようなものだった。 ドラフト上位で入団した選手がプロでモノにならなかった事は珍しい話ではない。二軍コーチの打診を蹴ったのは、もう野球はやらないと決めたからだった。 詠斗の球を受けられないのなら野球を続けても意味が無いなどと思う程に詠斗に惚れ込んでいたのはいつからだったか。 配球も技術も全て詠斗に捧げる為に作り上げたようなものだった。それが役に立たないのなら意味は無い。 退団する倫明に詠斗は「そのうち呑もうぜ」と笑った。 その時に感じた、この男と縁を切れないという予感は幸か不幸かわからない。 「ぁ、挿れ、る…から、」 「ん。良いよ、」 詠斗の肩に手を載せ、熟れた後孔を屹立にあてがい、自重すらかけぬように腰を落とす。深深と熱を咥え込み、ぶるりと胸板を震わせる倫明を褒めるような手付きが後頭部に触れた。詠斗の薄い唇が倫明の唇に触れ、焦らすように粘膜を混ぜられる。 「は…っ、ァ、あ…、」 「っ…気持ちいい?倫明」 「気持ち…ぃ、…っ、あ、」 スプリングごと揺さぶるように身体を上下させる。咥え込んだ熱を扱き、亀頭で奥を抉る。短い金髪に、ピアスの穴を開けた唇に触れられるだけで、気が遠くなりそうだということは詠斗に悟られたくはなかった。 野球を止めた後に身に付けたのは、男と寝る為の手管だった。 職を失い、ふらふらしていた倫明に声を掛けたのはプロ野球が好きで、地元の球団を贔屓しているというヤクザの親分だった。 驚いた事に、彼は一軍の選手はもちろん二軍の選手も皆把握しているようで、もちろん倫明の事も知っていた。もう引退したからただの無職の人間だと伝える倫明に会えたことにそれでも喜び、事務所へと呼んでくれた。雑然とした事務所の隅にはスポーツ紙と野球雑誌が積まれていて、全部俺の趣味だとその男は豪快に笑い、その豪快さをそのままに倫明を組へと誘ってくれた。 元プロ野球選手の転落もまた、そう珍しい話ではない。気が付いた時には倫明の髪は金色になり、耳にも唇にもピアスの穴が開いていた。野球ばかりしていた反動だと自嘲した倫明の姿に詠斗は驚いていたが、少しだけ羨ましそうな目をしていた事を覚えている。 「ぁ、…っあ、もう…、」 「まだ…っ、」 詠斗の膝の上で身体を跳ねさせる倫明が紅潮させた顔を振る。汗の雫が浮いた額を舐めた詠斗が倫明の熱の根元を握り込んだ。射精を阻まれて眉根を寄せる倫明を導くようにまた唇を寄せ、舌先を絡ませる。 「だって、…詠斗、明日から…っ、関東だろ」 だから早く終わらせなければ。 門限だって近付いている。 いつも詠斗の事だけを考えていた。 初めて会った時から、二軍にいた時も、引退する時も、あの輝く照明など遠く及ばないような場所に堕ちた今も。 ずっと、今でも。 「ああ…」 快楽に滲む涙を詠斗の舌が舐め取る。倫明の殊勝さを褒めるように双眸を細くし、明るい髪を指先で弄んだ。 「俺は帯同しないから。次、は…一週間後、」 「…ん、…テレビ、で、…やるかな…、試合、中継」 「わかんね、」 試合はきっと、あの野球好きの組長と肩を並べて観る。自分は解説係だ。わかりやすい、さすが元プロだと褒めてくれる組長の隣は、倫明の今の唯一の居場所だ。 「やるといいな」 詠斗の首に腕を絡ませる。 腰に回る掌が痺れるような感覚を呼び起こす。 この手が、指が堪らなく好きだった。 性欲の発散だと囁いたのは、これも詠斗の為なのだと思ったからだ。 だがその裏にある自分の欲や想いは十分に知っていた。 この手に触れられるのならばきっと理由は何でも良かった。 あのヤクザの親分に教えられた手管。それを詠斗に使えばーー自分は詠斗に触れられる。その事気が付けて良かった。 詠斗の指が倫明の雄の先端を捏ねる。堪らず身を震わせ、かすり傷一つ作らないように務めている綺麗な指を白濁で汚した。 「詠斗、…っ、詠斗、」 ボールを交換する時に、親指同士が触れ合ったその瞬間の痺れるような甘さを覚えている。 耳のピアスを擽る指はあの時と全く同じ指だと思うと願いは叶ったような心地を覚えるが、本当に埋めたいものは埋まらない。 「倫明、」 グラウンドの上、この名を呼ばれる位置に立ちたかった。 この指から自分へと投げられる球を受けていたかった。 詠斗は、今でも倫明のヒーローだ。

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