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月待ち夜

狭い馬車の、低い天井の向こう、小さな窓を半ば無理矢理見上げるように身を屈めながら「月が綺麗だね」と笑った貴方を酷く恨めしく思った。 私の抱えた出自は月を見上げる余裕など無く、ましでそれを愛で、言葉に表す習慣も教養も貴方の歳には身に付いてはいなかった。貴方の座る向かいに、今この場所に立つ為に必死に身に付けたそれは、この後何かに役に立つのだろうかと漠然と思う。 これを成したところで。 「…ねえ。…月が綺麗だね」 刃を持つ私に貴方は解っていたように、諦めたように寂しそうに笑って呟いた。 その言葉の真の意味に気が付いたのも 自分が唯仇を討つ為だけに生きていたという事に気が付いたのも 貴方に刃を突き立てた後の自分に何も残されていないことに気が付いたのも 貴方の開いたままの目が二度と月を映さないという事も、薄く開いた唇がもう二度と月を愛でる事がないという事に気が付いたのも。 全て、一筋月光の射した地面に散る飛沫を目にした後だった。

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