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have a nice day!

どう考えても、文字通りのもらい事故だった。と思う。 何故なら自分は目的の建物を探しながらの徐行運転どころかアクセルも踏んでいなかった。一旦停止のラインでブレーキを踏んでからはオートマの機械に任せるままに人気も車も無い交差点に侵入した所だった。脇から出てきた車にバンバーが接触した事は気付いたが、互いに徐行運転だったこともあり大事には至らない、と咄嗟に思った程だ。 慌てて車から降りて、その車種を確認するまでは。 「で、どうしてくれんですかね。兄さん」 ここから出たならすぐに交番に行こう。何故なら自分は善良な市民だからだ。ただの会社員だ。お巡りさんに助けてもらおう。ただし、ここから無事に出られたのなら。 「お宅の車ただの軽っすよね。こっちはアウディなんですけどね。わかる?アウディ」 車同士は幸い軽く傷が付いた程度だった。あのレベルなら軽微な事故の範囲で、互いに保険屋に任せても良いものだろう。だが自分はどうしてここに座って、正面の男に不自然な程低い位置から睨み上げられているのだろうか。ーーー相手が悪かった。その一言で済ませられたなら良い方だ。 車種を確認して、その後に降りて来た男の風体を見て血の気が引いた。ヤクザだ。どう見ても一般人じゃない男はその威圧感を存分に発揮して自分を睨み、着いてこいと顎をしゃくった。ここで逃げたら地の果てまで追い掛けられるとすっかり縮み上がり、大人しく運転して着いてきた建物は明らかに普通の会社が入っている建物ではなかった。 厳しい防犯カメラと、意味もなく門前に屯う男達の視線を見ない振りをし、形ばかりの応接室に通されたものの当然茶など出てくる筈はない。居心地が悪い所ではない。正直漏らしそうだ。 「おう。なんとか言えや兄ちゃん」 「…あの、…修理代なら…保険屋さんが」 「その保険屋さんで賄えるような修理代じゃ困るっつてんのがわかんねえのか!!」 わからない。 正直わからない。 オマケに言うのなら今まで怒鳴られたことなどない。自分は真面目に生きてきた。なのにどうしてこうなるんだろう。 いよいよ視界が霞み始めたが涙なのか気が遠くなっているのかはわからない。誰か助けてくれ。思わず頭を抱えたその時だった。 「なにでけぇ声出してんだバカ」 正面の男の茶髪が手の平で鷲掴みにされる光景が目に入った。次の瞬間、周りを取り囲んでいた男達が一斉に姿勢を正す気配に澱んでいた空気が揺れる。 助けが来た。そう思って顔を上げたが、すぐにその希望は掻き消された。目の前にはオールバックにダークスーツ、ご丁寧にワイシャツまで濃い灰色、派手な臙脂のネクタイを締めた男が立っている。体格が良い。顔が怖い。これは明らかに。 「兄貴!」 「…なんだこの兄ちゃん。泣いてんじゃねえか」 まだ泣いてはいない。 自分の姿の頭からつま先まで舐めるように見下ろして眉を顰める。頭を鷲掴みにされたままの男が先ほどより半分は下げたボリュームで事情を説明していた。 「ふぅん。…兄さん可愛い顔してんな」 「…ちょ、兄貴!俺のアウディぶつけられたんすよ!」 「てめえのアウディ1番ランク低いやつだろうが。知らねえよ。勝手に直せ」 周囲の男の1人が「始まった」と頭を抱える姿が視界の端に映った。頭を掴まれた男は何やらにわかに慌てだしたが、目の前の大柄な男は上機嫌そうに口笛を鳴らし、おもむろに自分に向かって手を差し出した。 「悪かったな兄ちゃん。怖い思いさせて。舎弟の始末は上司の務めってな。…まず茶あシバキにでも行こうや」 「は…」 手を引かれ、そのままぐいと起立させられる。車をぶつけられた男の泣き声を背に、男に引かれるまま窮地を脱した。 自分は助けられたのだろうかと思うが、これはどこに連れていかれるのか全く検討がつかなくなった。さっきのこの男の言葉はナンパのそれにも似ているような気もするが、もしかしたら明日は海に沈められているような気もする。 明日はどっちだーーー。善良な会社員の自分は、この後に待つめくるめく関係をまだ知らない。

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