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季節毎に、その庭は薔薇で煙る。
赤、ピンク、黄色、緑、紫、白、それから…?
一面を埋め尽くす薔薇は、絶える事がない。
酒も煙草もギャンブルもしない保さんの、それが唯一の趣味だった。
「それはアンジェラだよ」
「こっちは?」
「サンテグジュペリ」
問えばどんな長い名前もすらすらと答えてくれた。
「バラは漢字で書くと『薔薇』と書くんだ、少し難しいね」
他愛ない話をしながら、薔薇の枯葉を集める。
「『そうび』とも読むんだよ。どちらも綺麗な響きだろ?」
保さんの手で燦然と咲き誇る花が羨ましくて、薔薇を見る度に少し卑屈な気分になる。
「薔薇はね、きちんと手入れしてやらないと、直ぐに拗ねるんだよ」
そう言い、俺を見てくすりと笑った。
「楷くんみたいだろ?」
「なっ…そんな事ないっ」
むくれてそっぽを向くしか出来なくて…
素直に、じゃあ手をかけて…と甘える事が出来たら良かった…
「妻が薔薇が好きでね…空から見て楽しんで欲しいなって」
そう笑う保さんはロマンチスト過ぎて思わず苦笑いが零れる。
人は死んだらおしまいだ。
腐るか、骨にされるかの違いだ。
空に人は居ない、それは遺された人間の妄想に過ぎない。
寂しいのが嫌で、辛いのが嫌で、人は死んだ人間を存在させようとする。
もう居ないのに…
人の心に居座り続ける。
ショウコさん
悔しくて俺は心にも無い事を言う。
「俺は、…薔薇も好きだけど、……こう言う花が好き」
薔薇の足元で咲く、名前も知らない、いつも抜いてごみ袋へ捨ててしまう様な雑草。
好きでも嫌いでもない小さな小さな黄色い花を摘んで保さんの前に差し出した。
「可愛い花だね」
嫌な顔も何もせず、
「ありがとう」
そう微笑んで黄色い花を眺める。
薔薇とは比べ様もない雑草を可愛いと言える保さんが、やっぱり俺は…好き、かな…
「写真?」
保さんの心の中にいる人の顔が見たくて、薔薇の支柱を立てる作業の合間に聞いてみた。
「いいよ。そうだね、見るのが辛くて全部しまってしまったからね…」
首に掛けたタオルで汗を拭き、立ち上がる。
「顔も知らないんじゃ、家族って感じしないよね。今日は終わりにして、お茶でも飲もうか」
足元に散らばる薔薇の葉を掻き集め、部屋の中へと入った。
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