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 酷い……?  気にはなったけれど、聞く勇気もない俺は室井さんについて回って掃除を手伝う。 「さぁ、これでおしまいかしら?」 「あの部屋は?いいの?」  バスルームの向かいの扉を指差す。 「あそこには入らないようにって言われてるからね」  奥さんの部屋…  章子さんの…  入ってみたいと言う衝動に駆られた。  保さんが愛した相手の、微かな残り香だけでも感じとり、何か、こんな自分でも勝れる物を見つけたかった。  どんな人なのか、全く分からない相手に嫉妬する。  死んでしまった人間相手に、勝てる訳もないのに張り合いたくて…  繰り返し、繰り返し、俺はバスルームで自慰に耽る。  夜毎傍らで眠る男を思い浮かべて…  何度も保さんに犯され、共に上り詰め、お互い獣の様な声を上げて果てる。  見果てぬ夢を見ながら、俺の指は淫らに幾度も自分を弄んだ。  毎晩、吐精後の虚しさを抱えながらバスルームを出る俺に、ふと向かいの扉が目に入る。  他と同じ黒檀色のその扉の奥に、保さんの愛した人の世界がある。  その誘惑は酷く魅力的で、甘い行為の後の痺れた思考を誘導するには十分だった。  手を伸ばす…  家人が言った事は絶対で、この生活にしがみついていたいのならば間違っても逆らってはいけないと、身に染みて分かっていた筈なのに。  俺は体温を根こそぎ奪うかの様な冷たいドアノブを掴んでゆっくりと回した。  がちんっ 「……そうだよな」  立ち入られたくないなら、そうして当たり前だ。  俺は落胆と共に安堵も感じながら、保さんがいる部屋へと戻る。 「相変わらず長湯だね、のぼせない?」  赤く上気した顔でふらふらと部屋にやって来る俺に、そうよく問い掛けてきた。  俺はそれが自慰の残滓だとも言えず、タオルで髪を拭くふりをしながら顔を隠して曖昧にやり過ごす。 「さぁ、寝ようか」  いつものように壁際に寄り、腕を伸ばす。  だから俺はいつものように布団へと潜り込み、伸ばされた腕に頭を乗せる。 「おやすみ」 「…おやすみなさい」  火照ったままの頬を袖に擦り付けて保さんの顔を見上げる。  閉じた瞼が微かに震えながら寝入るのを見届け、俺はじっとその時を待つ。

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