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「薔子?」
案の定、アキコは薄い唇をつんと尖らせて不満を言おうとした。
「我が家の百合はアキコだろ?」
そう言うとちょっと考える素振りを見せた後に、満足そうに微笑んだ。
「百合は気高くてアキコにぴったりだから、この子には薔薇のように愛らしくなって欲しくてね」
重ねてそう言い、おくるみに包まれたふにゃふにゃの娘の傍らに一輪の薔薇を置く。
「じゃあ、薔子ね」
思っていたよりは、名前に関して拘りはなかったらしい。
赤子の名の通りの赤い顔をした娘は、愛らしいと呼ぶには程遠く、また余りにも小さすぎて腕に抱いてみたいとも思わなかった。
周りに幾度も勧められ、断りきれなくなってやっと抱き締めた頼りないその存在は、花束の様にふんわりと軽く、甘い匂いがした。
「…とーと…」
よたよたと手を伸ばしてこちらに駆けてくる。
「あっ」
足にスカートが絡み付き、手を伸ばす間もなく床へと倒れ込んだ。
「ぃちゃ…ちゃ…」
「ん…怪我もないし、大丈夫だよ」
立たせて服の埃を払い、私の指を二本も握れば一杯になる小さな手を握る。
ふわふわとした幾重ものレースにふんだんにつけられたリボンは、どれだけ私が「子供の動きに邪魔だから」と言っても聞き入れないアキコが着せたものだ。
まるでフランス人形の様なショウコは、愛情を注がれているかのように見えたが、その実ただの着せ替え人形だった。
気が向けば可愛がられ構われもするが、アキコの興が削がれてしまえば汚れたおしめのまま放置と言う事も頻繁にあった。
「とーっ!ぅ゙ああぁ゛ぁ゛…」
会社から帰り、泣きじゃくるショウコをあやしておしめと、糞尿が漏れて汚れた服を代える。
「んーっ…んー!」
体を洗ってやっていると、口をパクパクと動かして物欲しそうにする。
「…?どうした?」
「んま…んーっ」
腕にしがみつき、顔を歪めて訴えるその内容に気付き、体を洗う手を止めた。
泡が伝い落ちるその体は、同い年の子供に比べて細い気がした…
「まんま…食べたいのか?」
「んま、んま!…とー!!」
慌てて泡を洗い流し、台所へと向かう。
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