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 息を潜める様に扉を開けた音には気付いていた。  けれど昼間の仕事の気だるさから、知らぬ振りをして眠ることにした。アキコならば、いつものとりとめもない小言だろうと…  ギシリ…とベッドが軋む。  床を別にして長くなる。  もうそう言ったことを求め合う程の情なんて互いに残っていなかった筈だ。  ぎしぎしと軋みは上へと上がり、肩に手が掛かった。  覗き込んできたのか、ふわりと香った……薔薇の匂い。 「ショウコ!?」 「しっ!」  跳び跳ねた私の上で、ショウコはじっとこちらを見つめてから手を胸元へと移動させた。 「お父さん……」  涙が溢れそうな程潤んだ目がこちらを見上げる。  それは…女の目だった。  小さな幼い筈のショウコがいつの間にそんな表情をするようになったのか面食らい、戸惑っていると、紅く色付いた唇が震えて言葉を紡いだ。 「お父さん、────大好き…」  倫理や道徳を問われると、反論なんか出来ないのは分かっていた。  それが何を意味するか、それがどれ程禁忌とするか…分からないわけではなかった。  けれど、それでも…  それでも、あのひんやりと空気の冷たい夜。  初めて薔薇を手折った…

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