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「では失礼して」
彼は俺が出そうとした紅茶を遮るように立ち上がった。
「一階から失礼するよ」
「 はい」
ふわりと薫る紅茶は保さんのお気に入りで…
それが口もつけられずに冷めてしまう事に僅かな落胆を感じたが、それを相手に伝えたところで何にもならないことは本能的にわかる。
「一階はリビングと?」
「向こうに洋間が」
俺の視線を辿るように忍さんが向かう。
黒檀色の扉を開き、彼はさっと柳眉をしかめた。
「使っていないんですか?」
その言葉は遠まわしに埃だらけで汚いと非難しているようで…
俺は久しぶりに人の声にすくみ上った。
「あ、の… 俺だけだとこの家は広くって」
全部の部屋を使い切る事はない。
そうもごもごと呟いた。
「そうですか」
保さんが亡くなってから数度しか足を踏み入れた事のない洋間は、常にカーテンを閉めた状態で開かずの間だ。
彼もさして興味がないのか、ちらりと部屋を見渡した後、階段の方へと向き直った。
薔薇の、ステンドグラス。
「すごいですね」
彼の感想は取ってつけたようで、そう思っていないことがありありと分かるほどの声音だった。
「 はい」
俺の返事を聞いているのか、聞いていないのか、忍さんは了承を取る事も振り返る事もなく躊躇わずに二階に上がって行く。
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