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 今までそれをどう克服していたのか思い出せず、ただ息を詰めて小さく首を縦に振った。 「そうか」 「―――――っ」  伸ばされた彼の手が俺に触れた瞬間… 「あっ…」  小気味いい音が耳を刺し、神経を逆撫でされたような不愉快感と恐怖が綯交ぜになった感情が押し寄せる。 「あ…あ……ご…ごめ」  俺が叩いた手を見下ろす目の冷たさに足が震えた。  息を詰めてやり過ごせばいいと思うのに、すでに体は俺の意思を裏切るほどに震えてしまっていて… 「ご、   ぁ、っ……」  膝が崩れる。  力を無くした足が役目を放棄したせいで膝を強かに打ち付けた事が分かる。  額に、床の感触… 「何を…」 「ごめ…な…」  震える口からは謝罪すらまともに出ない。  いつかのように頭を庇い、背を丸めて蹲る。  そうすれば殴られても、蹴られても、少しは耐えることができるって、知ってるから。 「顔を上げなさい」 「   っ、め、な…   ご  」  吸い込んだ息がひくりと喉に貼り付く。  苦しいけど、ここで顔を上げたら駄目だと古い記憶が警鐘を鳴らす。 「―――――君は…」  忍さんはそう呻くように言うと立ち上がる気配を見せた。  キシキシと遠のいていく足音に安堵はするも体は動かず、俺は自分の髪を掴んだまま震え続けるしかできない。

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