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玄関の明かりは灯されてはいなかったけれど、リビングから漏れる明かりで外同様明るい。
いつも圧し掛かるように見える薔薇のステンドグラスも、わずかに精彩を取り戻したように見えた。
かつて、保さんがいた時のように…
リビングから顔を覗かせて「おかえり」と声が聞こえそうな
そんなふうな…
「―――帰ったのか」
リビングの戸を開けてこちらを覗き込んだのは、やはり保さんではなかった。
分かっていたはずなのに落胆は心の澱を巻き上げながら胸の奥へと落ちる。
「……はい」
柔らかに微笑んでオレを迎えることのない目に見られて思わず背筋が伸びる。
「………今朝は、ありがとうございました」
「ああ、いや」
それだけを言うと、忍さんはリビングへと引っ込んでしまった。
仕方なく俺も後をついて中へと入り…
「夕飯は済まされたんですか?」
「いや。君を待ってからと」
「え」
リビングのテーブルに飲みかけのお茶のペットボトルがあるくらいであとは何もない。
「あ…すみません。すぐに用意します」
「いや、君が許してくれるなら私が用意しよう」
「…え」
この人は何を言っているんだ…と、そう顔に出てしまっていたらしい。
忍さんは不愉快そうに両目を細めてからふうとため息を吐いた。
「出来合いを頼むことにしよう」
「あっいえ!作れないと思ったわけではなくて…」
意外で…と言う言葉は飲み込んだ。
忍さんは携帯電話をしまい直すと、オレを睨みつけてからキッチンの方へと向かった。
食事を、作ってくれるらしい。
昨日、オレに有らぬ疑いをかけて犯してきた男との違いに眩暈がしそうだった。
「着替えてくるといい」
「あ…」
はい、と口の中で呟いてからリビングを後にする。
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