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 ―――忍さんに、振り返って欲しい、なんて… 「っ!」  かぁっと顔が赤くなった。  目の縁が赤くなると更に目がぎょろぎょろとしているように見え、慌てて風呂場へと飛び込んだ。 「…何考えてんだ……」  胸の奥が小さくチクチクする感覚に、ぎゅっと拳を作った。  会社から帰ってリビングを覗くと、夕飯の準備をし終えた忍さんがソファーに座ってテレビを見ている。  その背中に声を掛けて、着替えて、二人で食卓に着く。  あえて、日常になりつつあるそのことを奇妙だな、と  思わないようにしていた。  忍さんはオレがこの家で売春しているかどうかについて何も詮索しない。  だからと言って、帰るわけでもなく居続ける。  最初はあんなに怖かったのに、いつの間にか二人の生活に馴染んでしまっていて…  人と食事をすると言うのが、こんなにも心躍る事だなんて、久しく忘れていた。  かつて、保さんが俺に食事の豊かさと幸せさを教えてくれた時のようで、物を食べると言う事が楽しいと思い出す。 「つみれが、美味しいです」 「そうか」  なかなか繋がりのあるようなそんな会話はしない。  けれど、料理を褒めた時の雰囲気で、忍さんが嬉しいと思っている事が分かるようになった。  穏やかで…  懐かしくて…  新しい、生活。  聞くべきなのだろうと言う事は分かる。  調べは済んで納得してくれたのか、  どうして帰らないのか、  どうしてそんな穏やかに俺の傍に居てくれるのか、

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