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こうでもしないと、目の縁の赤くなったあの気味の悪い顔を見られてしまう。
忍さんに気持ち悪いとなじられたくなくて、顔を上げないまますみませんと繰り返した。
「 失敗は、もう滅多にしないんだ」
否定の言葉とも取れる言葉を言うと箸を置いたのか、箸置きがかつんと小さく鳴る音がした。
箸を置く程の何かを言うのかと身構えると、震えそうになってくる。
「代わりに、作った物すべてを食べてくれると嬉しい」
とくりと跳ねた脈に押されて顔を上げると、テーブルの上の拳が見えた。
振り上げられるような、そんな握り方ではないのに促されて視線をそろりと上げると、見た事のない表情の忍さんが真っ直ぐに俺を見ていた。
「美味しそうに食べてくれると、嬉しい」
一瞬合った視線は、俺から外してしまった。
でも絡んだ視線は心の奥を覗き込むようで…
息苦しさにぎゅっと息を詰めた。
電車を降りる際に人の波に押し戻されるのが不愉快なことだと思う事は、今までなかった。
急いでいるその人達にはきっと待ってくれている人がいるのだろうからと、邪魔をせずに押しのけたりはしなかった。
「すみません!通してください!」
俺にしては大きな声を上げ、出入り口付近に立とうとする人を押しのけて電車を降りる。
息を整わせるのももどかしく思いながら、改札へと向かった。
今日は俺の大好物の鰆だ。
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