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早く帰ってぐうぐう鳴っている胃を落ち着けたい。
――――~~ ―――~ ~
着信を告げる携帯電話の音に、歩調を緩めずもどかしく思いながらスーツの内ポケットを探る。
「あ……」
ぐぅとなった腹の虫を吹き飛ばすのは、画面に表示された「室井さん」の文字だ。
目尻に皺を寄せながら、にこにこと俺を見てくれる顔を思い出して、自然と足は緩やかになっていく。
「―――はい!」
『こんばんは。今、大丈夫かしら?』
「勿論」と答える俺の顔に思わず笑みが浮かぶのは、室井さんがそれだけ大事な存在だからだ。
『元気だった?風邪とかひいてない?』
「はい、大丈夫!室井さんは?」
『そうねぇ…』
風邪をひいていたのだと簡単な近況を伝え合う。
室井さんは保さんが雇っていた家政婦さんで、保さんとは長い付き合いだったのだと言う。
男所帯のむさ苦しさを笑いながら片付け、俺や保さんの事にも事細かに気を配ってくれた人だ。
保さんが亡くなって、俺の稼ぎじゃ家政婦さんなんて雇えるわけもないから以前のように家には来てもらえないのだけれど、俺の事を心配して時折こうやって電話をくれたり、タイミングが合えば家に遊びに来てくれたりもする。
人見知りの強い俺にとっては、適度な距離で温かく見守ったり叱ったり、家事を教えてくれたりした彼女は、とても大事な存在だった。
ぽつ、ぽつ、と家への道を歩きながら、室井さんとの会話は弾む。
会社の事や、
庭の薔薇の事、
『楽しい事でもあったんですか?』
「え…とぉ…」
忍さんの事を言おうかどうしようかと迷っている内に門扉をくぐる。
「なんて言うか…」
くすぐったいようなこの想いを口に出すことが出来ずに、曖昧に笑って話を流そうとしたが、その不自然さが室井さんの興味を引いたようだ。
『気になるわぁ』
「えぇっ!?」
咲いた薔薇を見ながら家の鍵を探し出してドアを開けた。
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