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なぜ?と問いかける間もなく廊下へと引き倒され、忍さんはそのまま馬乗りになってきた。
「え…」
冷たい廊下の温度よりも、こちらを見下ろす忍さんの感情の籠った熱の瞳に震えが来る。
なぜ突然、そんな目で見られないといけないのか…
押さえつけられ、組み敷かれる感触にガチリと奥歯が音を立てた。
さっきまで久しぶりに室井さんと話が出来て、どこかふわふわとした気分だったはずなのに、一転した状況について行けずに眩暈を覚える。
「風呂場で何をする気だ?」
「あ…?」
「客が来て、嬉しいのか?」
「………」
「こんなハートマークを描くぐらい、嬉しいのか!?」
室井さんが家に来てくれて、嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しいに決まっている。
だから、忍さんの言う「客」が何かなんて考えもせず、混乱したままの俺はただその言葉に小さく頷いた。
「――――っ」
一瞬詰められた呼吸と崩れた忍さんの表情が、尋ねられた「客」の正体を教えるが、竦み上がった俺は声を出すことが出来ず、カタカタと首を振って見せるので精一杯だ。
「ぁ だ、 か…」
力任せに押さえつけてくる指の痛みは、幼い頃に幾度も経験した苦痛だ。
もがいて、足掻いて、逃げようとすればするほどソレはもっと酷くなる。
伏して、
堪えて、
耐えれば…
耐えなければ
声を上げないようにしっかりと口を引き結んで、固く体に力を入れて構える。
逆らわないように、
気分を害さないように、
幼いなりに肌で感じて知ったことだ。
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