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いきなり口を開いた忍さんに、自室に閉じこもろうと二階に向かいかけた俺の足が止まった。
「初めて君を見た時、可愛らしいと思ったからだ」
刹那で否定の言葉が浮かんだが、忍さんの言葉を遮る事は出来なかった。
代わりに腕を引かれて、よろけるようにして再び廊下へと座り込む。
「い、いつ?」
「高校に入学した年のはずだ、喋ってもいないし、遠かったから覚えてないだろう」
「……はい」
「華奢で、透けるような色白で、目が大きくて…可愛かった。そして、義兄さんに向ける笑顔の明るさに…、視線が釘付けになった。なんて幸せそうに笑う子なんだろうって、その大きな目に映ることが出来たら、私も幸せになれるんじゃないんだろうかって」
俺は華奢でも色白でもなくて、目もただでかいだけでそんな風に思ってもらえるようないい代物じゃない。
「三条は、君らについていろいろと話をしていたが、私は正直信じなかった」
意外な言葉は俺が思っていたのとは正反対の事ばかりだ。
忍さんは俺と保さんのない事ばかりの噂を信じているのだとばかり思っていた。
だからああ言う風に頭ごなしに決めつけていたのだと…
「そんな関係の二人があんなに幸せそうに見えるものなのかと思ったからだ」
「………」
「でも、義兄さんが亡くなって…泣きもしない君を見て、やはり話に聞いた通りの、そのために引き取られた子供なのかと…」
「違う!保さんはそう言った風に俺に触ったことなんかない!」
自分の時以上に感情を出して否定したせいか、忍さんは微苦笑を少しだけ浮かべて首を振る。
「ああ。そうじゃなかった。葬儀からしばらく経って…どうしても君が気になってここを訪れたんだ」
「君は、薔薇に埋もれるようにして泣いていた」そう言われて、保さんが亡くなってから初めて涙を流せたあの日の事を思い出した。
「君と保さんの間には、きっと俺じゃわからない絆があって…泣かないんじゃない。泣けないほど心の中が空っぽなんだって納得できた」
掴まれたままの腕に、ぎゅっと忍さんの手の力が込められる。
怖い と少し前なら思っていたはずなのに、ぽつぽつと語られる言葉がそうさせるのか、その手を振り払いたいとは思わなかった。
「そんな風に人を想える君が、―――― 」
突然途絶えた言葉は、忍さんが言葉を探しあぐねているからのようだ。
最適な言葉が見つからずに視線は泳いだままだ。
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