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第8話
中田は外山が仕事中だけ眼鏡をするのを思い出すと、ふふっと笑った。眼鏡をかけた外山は顧客に冷たい印象を持たれないように、極力、笑顔を見せるように徹していたが、眼鏡をはずすと、仮に笑顔でも逆にクールで隙がない感じになる。
いつだったか、中田は外山に『眼鏡、かけたり、はずしたりするの、面倒じゃないの?』と聞いてみたが、『今はそこまで目が悪くなく、必要な時にかければ良いので』と素っ気なく答えられてしまった。
「あ、俺は昼まで会社で仕事をして、昼からは在宅にしてた。シャツはイエローで、よく着ているヤツ。もうネクタイははずしていて、ズボンはブラックのヤツだったけど、さっきまで遊んでたからトランクスだけ。緑と青と白のチェックの。場所は寝室で、横になってる。眼鏡はかけてない」
と中田は緑と青と白のチェックのトランクスのゴムをびろーんと伸ばしながら外山に言うが、逆に中田は眼鏡とかコンタクト類はしていない。若い頃から視力が良くなかったらしい中田は眼鏡をかける煩わしさから6年前にレーシック手術を受けたという。
「って、貴方は眼鏡、かけてないでしょう」
「まぁね。って、嬉しいな。外山君、意外と俺のこと、見ていてくれたんだ」
「……」
何とも温度差がある会話だが、そもそも外山と中田は恋人同士ではない。
もっとも、先日まで恋人だった中谷とも暫く、恋人らしいどころか、セフレらしい会話すらしていなかったことに外山は気づく。
「どうして……私なんですか?」
「えっ?」
確かに、外山の声は大きくはなかったが、聞き返す程、小さなものでもなかった。
多分だが、わざと聞き返す中田。
「貴方なら相手にも不自由しないでしょう。私が好きなんて、単に揶揄い甲斐あるだけなんじゃないですか?」
「……」
外山の問いに今度は中田が黙る。
外山が1話すならそれに対して、中田は2も3も話す。そんな男が話してこないのは不気味以外の何者でもないが、やがて中田は話し出す。
「そう……だったとしても、じゃなかったとしても、君は信じないだろう?」
より正確に言えば、今の外山に中田がどのように言ったところで、外山は受け入れないだろうと中田は諭す。
そして、不毛な台詞は吐きたくない、とばかりに中田は笑うと、外山は確かにと思った。
今夜の外山と中田としてはこのまま不毛ながら性欲を処理するか、不毛だから電話を切るかしかなかった。
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