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第10話

『学校へ行ってみたい』  勇気を出してそう伝えたのは決して思いつきなどではない。愛斗なりに変わりたいと考えての事だった。  引き取られた当時はまだ学生だった明斗だが、数年後には父親の会社の取締役に就いたと聞いている。彼に必要とされる人間になりたいと強く思ったのは、明斗の帰りが遅くなる日が続いたある日のことだった。  明斗の寝室は玄関のすぐの脇にある。引き取られてから一年ほどは、精神的に不安定だった愛斗と一緒に寝てくれたが、それから今に至るまでの間、寝室はずっと別だった。  別の部屋で寝ようと彼から言われた時には寂しかったが、我が儘を言って捨てられることが怖くて何も言えなかった。  一度だけ、眠れない夜中に部屋を訪ねたことがあるが、ノックをしても応答はなく、ドアには鍵がかかっていたから、拒絶されたような気がして、それから一度も彼の寝室を訪ねることはしなかった。だけど―― 。  それは、一か月ほど前の真夜中。  トイレへと起きた愛斗の耳へと漏れ聞こえた呻き声。それが、恒久的に続くはずだった日常の変化の始まりだった。  声の方へと目をやれば、明斗が寝ているはずの部屋から僅かな光が漏れていて、その方向からぐぐもった声が酷く苦しげに聞こえてきた。  だから、明斗のことが心配になり、愛斗は様子を見に行ったのだが、ドアの隙間から見えた光景は、想像していたものとはまるで違う種類のものだった。 『だらしないな…… しっかり動けよ。あと声は出すな。弟が起きるだろ』  聞いたことも無いような酷薄さに満ちた声。 『う…… うぅ』  それに頷き明斗の上で腰をくねらせる、華奢で綺麗な裸の……男。  相手の男は猿轡をされていて、体中縄が食い込んでいたが、恍惚とした表情を浮かべていたのが瞳に焼き付いた。今も、その光景を思い出すだけで、絞られるように心が痛む。  ――あんなの、見たく…… なかった。  自分の抱いている感情が嫉妬なのにも気付けていないが、強い不安を覚えた愛斗は、ただ養われているだけではなく、明斗に必要と言われるような人になりたいと考えた。  ――そうなれば、きっと…… 。 「……ナ、マナ、聞いてるのか? 」 「あ…… アッ」  長く回想に耽っていると、胸の尖りを弾かれる。  痺れるような快感に愛斗が体を揺らして声を上げれば、「マナが話してくれないと、俺も止めてあげられない」と、困ったように眉根を寄せた明斗が額へとキスをしてきた。

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