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第4話

 二度目に目を覚ました時は、すでに部屋の中は薄明かりに包まれていた。  窓の外は白いもやに包まれている。カーテンつけないと……。  ぼんやりと微睡みつつも意識は覚醒していき、体は微かに空腹感を覚えた。 「……起きるか」  ヤクモはまだ眠っているようだ。起こさないようにそっと布団を抜け出し、たたんで隅に置く。畳部屋を過ぎて台所に立つと、ひんやりしたフローリングの感触が足から伝わった。  こきこき、と肩を鳴らして、伸びをして。  さあ、やるか。  ヤクモもすぐ起きるだろうしすぐに作れて、かつ手軽に食べられるものにしよう。飲み物は牛乳大丈夫だろうか。開いた冷蔵庫の中にはひとしきりの食材は入っている。材料を出しても出しても、気が付いたら足されている不思議。  ……本当は、空腹感も偽物なのだ。食べなくても死なない。ここには死が存在しない。  でも「人間生活」を模倣する以上、食事という生の動作は不可欠だ。三大欲求はきちんと働かせている。 「こんなもんか」  食パンをトースターに入れ、フライパンでベーコンを焼く。かりかりに焼きあがったところで玉子を取り出し……フライパンのヘリでこん!  どろりと落ちる中身をベーコンの上に落として一息……。 「じゃない!」  塩コショウを取り出して二つのベーコンエッグの上にかける。やがて白身がいい感じに固まってきたので皿に移し。丁度いいタイミングでトーストが焼きあがる音がした。  トースターを開けばきつね色のトーストが二つ。上出来。  よくできた「あさごはん」を前に俺はにっこりした。なんだろうな。ひとりで時間つぶしてた時は飯食おうとすら思わなかったのにな。 「んん……?」  後ろの畳部屋からまだ眠たそうな声が聞こえてきた。 「よ、おはよう。ヤクモ」 「おはよう?」 「寝る時おやすみ、起きたらおはよう」  ヤクモはまたふうん、と言って顔を自分のシャツにうずめるような仕草をした。丁度、鳥が毛づくろいをしようとする感じで。 「なんか気になるのか?」 「この羽根なんかおかしいよ」 「あーそれ羽根じゃなくて服。人間は服を着替えて温度調節したり、着飾ったりするんだ」  ヤクモが服から顔を放しきょとんと目を丸くした。 「洗濯もしなくちゃならないし。朝食食べたら着替えよう」  おっと、布団を片付けないと。 「ヤクモ、手伝ってくれるか?」 「んん……んわあっ!」 「おわっ、大丈夫か!?」  ヤクモが立ち上がろうとして、足がもつれるようにまた布団に倒れ込む。 「そっか……まだ歩けないよな。今は、そうだな……ちょっと座っててくれ」  ヤクモが壁に寄りかかれるようにしつつ。俺は布団を寄せてちゃぶ台をだした。 「うー……」 「一応栄養とってから、歩く練習しよう。ほら」  ちゃぶ台にトーストと目玉焼きのセット、そして両脇に置かれたナイフとフォーク。 「……これ、どうやって食べるの?」  テーブルに置かれたカトラリーを見ながら質問された。 「あー、つい置いちゃったけど……そういやお前にはまだ使えないよなあ。今日はこうやって食べな」  ナイフとフォークで目玉焼きを拾い上げ、トーストの上にかける。 「……!!!」  ヤクモの目が真ん丸になったのを見て、俺は遠慮なく笑った。 「すごいだろ!」 「うわ……」  かくいう俺はジャムつけたかったので別々にしているが、したたり落ちる黄身と格闘するヤクモを見ていると美味しそうで明日はそっちにしようと思った。 「ヤクモー、垂れてきてるぞー」  手を伸ばして口の端についた黄身を親指で拭い取る。かりかりとトーストを齧っていたヤクモの目がそちらに向かい、いきなりぐっと顔を寄せて……ぺろり。 「!?」  暖かく湿った感触が親指を伝う。  何されてる俺? 指舐められてます俺。  おまけに背中からそわっと何か奇妙な感覚が……。 「ヤクモ! やめやめやめヤクモやめろ! やめよう! な!」  大声を出した俺に驚いたのか一瞬びくりとするヤクモ。 「黄身が美味しかったからもったいないと思ったんだよな。わかる。舐めれば簡単にとれるよな。わかる。でもやめような!?」  ヤクモが身を引いた。 「うん……」  心なしか落ち込んでいるようにも見えた。 「もうしないでくれよ?」 「うん」 「じゃあ、ごめんって言おう。ごめんなさいって謝られたら俺も許す。もう怒らない。それで終りにしよう」 「ごめんね」 「今みたいなことされるとすごくびっくりするから、もうやらないでくれよ」  困ったような顔をしているヤクモに、できるだけ明るく返す。 「はい、これで終わりだ。目玉焼き美味しいか?」  ヤクモははにかんで、こっくりと頷いた。

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