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第5話(R15)
「まずは立って、バランスとってみようか」
手を取って、ぐいっとひっぱるながら立ち上がらせるとヤクモは「うわっ」と言った。
「そのまま、そのまま」
「うう、う」
一歩前に足を踏み出し、だがよろけたヤクモはもう倒れそうで、まてそれはまずい!
せめて俺の方へ、と思って抱き寄せる。
あ、しまった重たい。
俺もそのまま立っていられずヤクモと一緒に倒れてしまった。
「痛っ!」
「だいじょぶ? アサヒ」
したたかに背中をうちつけていたい。しかも上にはヤクモが乗っかったままだ。
「おもい。はやくどいてくれ」
しかしヤクモはどかない。どころか俺を押し倒すような姿勢のままペタペタと俺の体を触りだした。
「……ヤクモ?」
「これがにんげんの体……」
目の前にあった体に興味を示したらしい。
まあ物珍しい気持ちは分かる。
が。
「おま、もう、いいかげんに、変なとこ触んなって」
胸のあたりを執拗に触り始めたヤクモを押し返す。
「アサヒ……」
「やーめーろ!」
やけくそに言うとヤクモは困った顔をした。
「ねえアサヒ、これなに?」
すっと手が伸びて俺の胸をぺたぺた触ってくる。
「何って胸だよヤクモ……。自分にもあんだろが」
「アサヒのここなんだか他と違うよ。ほら」
ぺろり。シャツをめくられて直に触られる。手が、ヤクモの手が冷たい。
「……う、ひゃうっ!」
胸の先の辺りをつんと触られて、つままれて、ぐにぐにとつぶされて、変な声が出た。
なんでだ。いや自分で声出したんだけど何だ今の。
「ほんとやめてくれヤクモ!」
ヤクモの腕を掴んで引きはがす。
「アサヒ、さっきの声なんか、」
「言うな。死にたくなるから言うな」
朝食の時と言いお前は!
「言っとくけどお前にだってついてるんだからなその……ち、くび」
言わなきゃ伝わらない。でも言うと恥ずかしさで死ねる。
「ふうん?」
「ふうんじゃないほらちょっと両手挙げろ!」
ぐいっとヤクモのシャツを引っぺがす。首を抜いた拍子に髪がぐしゃぐしゃになったヤクモはぷるぷると頭を振り、文句ありげにじと目を向けた。知らねえよお前が悪いんだ。
「あるだろ! ほら!」
「ん……」
渋々だが納得した様子で今度は自分の胸に手を当てる。
「なんか、アサヒの方と違う」
「それはお前細が細いだけだ。ほんと骨と皮だけかよ」
着ぶくれしていたらしいヤクモの体はかりかりだった。アバラ浮いてるし。俺と同じくらいの背丈なのに筋肉量が全然違った。さすがに俺の方がついてる。
「ん……本当だ」
ぺたぺたと今度は自分の体も触る。ついでにまたぺたりと俺の胸も触る。
「おい……」
「アサヒの、胸? 大きいね」
俺の胸辺りにヤクモが顔を寄せる。
押し倒された体勢のままヤクモの端正な顔が近づいて、呼吸がかかる。
それがどうにもこそばゆくて、どくどくと心臓の音が大きくなってきて、背筋からぞわぞわと何かの感覚が……。
「やめ、やめてくれって!!!」
どん、とヤクモを押し飛ばして距離を取る。
「アサヒ?」
尻餅をついたヤクモがきょとんとしている。
未だに心臓がバクバクしている俺がなんだか馬鹿みたいだった。
「ちょっと……水のんでくる」
いったん頭を冷やそうとキッチンに向かおうとすると、
「まってアサヒ、ごめんなさい、」
慌てた様子の声が聞こえてびっくりして振り返ると、ヤクモが壁を支えに自分で立とうとしていた。
「ヤク、モ……?」
「いやなこと、しちゃったんだよね? ごめんなさい、アサヒ……怒らないで」
一歩足を前に踏み出すヤクモ。あ、よろける!
俺が駆けよろうとする前にヤクモはまた一歩足を踏み出し、よろける前にまた一歩踏み出し……。
完全にタイミングを逃した俺の胸元に倒れ込んで、「ごめん」と言った。
「怒ってなんか、ない……怒ってないって、ヤクモ」
俺はずるずるとずり落ちそうになるヤクモをなんとか支えながらへたりこんだ。
「でも、ちょっと休もうか。……ほら、歩けたじゃんか」
「……ん」
腕の中でヤクモがほっとしたように目を閉じた。
ひとまず、休憩だ。
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