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第10話

 それからアイツは3日に一度位の割合で「手伝って」くれるようになった。  実際のところ、本当に触ってくれた日から、もう飢えたような欲望に悩まされることはなくなったのだけど、アイツに触れて貰えるなら、それで良かった。  何より、その間はお互いに仮面を外していた。  真っ黒な目が欲望を隠さずに俺を見て、俺に抑えられないような優しさを見せる。   まるで、恋人みたいな気持ちにさせられた。  三十分ほどの、服さえぬがないささやかな行為。  指だけ。  抱きしめては貰えても、キスさえない。  でも、その指は優しくて、いやらしくて。  その視線は熱くて、怖くて。  ふと漏らす笑顔は零れるように優しかった。    「お前の義理の兄ちゃんびびるわぁ」  俺に女の子を紹介すると言ってくれた友達は次の日、怯えながらやって来た。  「俺達が話してんの聞いてたらしくてなぁ、人の家族にアホな真似するなって怒鳴られたで。めっちゃ怖い。何、アイツめちゃくちゃ怖いんやけど」  アイツがなんか幽鬼みたいになった俺を、それとなく気にかけていたのは知っていた。  顔も合わさん、アイツより先に学校に行く、部屋に閉じこもったまま。  そんな俺の様子を見に来てくれたんか。  いつものように、俺には分からんようにそれとなく。  友達には謝っておいた。  「お前にちゃんと好きな人ができるまで、や」  アイツにはそう言われていた。  「手伝う、だけや。それ以上の意味はない。お前はちゃんと好きな人作って、ちゃんと好きになってもらって。幸せになるんや」  アイツはそう言った。   好きなんはお前や。  そう叫びたいけど、言わせてくれん。  「俺は誰にも一生触らんつもりやった。・・・これはイレギュラーや。お前が俺をいらんなったら、もう誰にも触らん」  アイツは言った。  「俺が触るんは・・・お前だけや」  ポツリと。  そんなこと言うたら、まるで告白みたいなこと言われたら。  何でも上手くやるコイツがこれだけは分かってへん。  そんなん言われたら思い切られへん。  優しく、時々意地悪な指に溺れる。  追い詰めておきながら、緩められたり、イかさないように根元をおさえつけられたり。  でも、最後は泣くほどぐずぐずにされる。  指だけで。  この僅かな時間の俺はわがままになる。  せがんで泣いて、ねだる。  アイツの胸に顔をこすりつけ、泣く。  アイツは笑う。  「お前、ホンマは泣き虫なんやなぁ」  すぐ泣いてしまう俺にアイツは囁く。  誰の前でも泣いてへん。  物心ついてからは泣いてへん。  お前の前だけや。  「キスして欲しい」  泣いて泣いてせがんでた。  「・・・お前、キスしたことあるん?」  アイツが真剣な顔で言った。  「あらへん・・・なんもかんもお前が・・・初めてや」  俺は泣きながら言った。  アイツは一瞬すごく嬉しそうな顔をしたくせに、すごく悩んでいた。  悩んで悩んで、ほんの少し触れるような優しいキスをしてくれた。  「ちゃんとしたのは、好きな人としぃや」  アイツは優しく言った。  でもその日から、行為の最初と最後には触れるようなキスが行われるようになった。  いつもするのはアイツの部屋だから、一度、机に置かれたスケッチについて聞いてみたことはある。  中を見たとは言えなかったけど。  「・・・趣味程度にな、描いてんねん。息抜きや。・・・恥ずかしいから見せへんで」  アイツはさらりと言った。  それで話は終わりだった。  スケッチブックはアイツの見せへん心なんや、思った。  その中に俺がおるのに。  俺を描いてるくせに。  もう一生、俺しか触らへんとか言うくせに。  「泣くなや」  俺が泣いたら困ったような顔をするくせに。  俺が泣いたから触ってくれた位、俺が泣くのに弱いくせに。  何であかんねん。  いつか現れる誰かじゃなくて、お前やったら何であかんねん。  アイツが俺を拒否する理由が男同士とか、義理の兄弟とか、そう言うんやないのは分かっていた。  ・・・お前。  ・・・お前。  お前俺が好きなんやないんか?  そうとしか思えない瞬間は何度でもあった。  泣いて喘ぐ俺を切なげに見る眼差し。  そっと重ねるだけの唇は毎回震えていた。  身体を離す時にまるで離れたくないかのようにゆっくり離れる身体。  俺をイかせる時に名前を呼ぶ優しい声。  好かれてるんじゃないかと。  愛されてるんじゃないかと。  でも、アイツの心だけは、絶対に見せてもらえなかった。

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