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オマケ 星の夜

 一目見た時から可愛いと思った。  父と出会った頃のあの人から話は聞いていた。  俺と同じ年の、一生懸命な息子がいると。  あの人のことは嫌いじゃない。  あの人もとにかく一生懸命な人で、父が好きになった理由も良くわかった。  俺も好きだ。  嫌いになるのは難しいと思う。  父とあの人が出会ったばかりの頃だった。  でも、どこかぬけている人で、仕事で二人で出かけることになっていたらしく家に父を迎えに来たのはいいけれど、何か忘れてしまったらしく真っ青になっていた。  「あかん、家や・・・」  あの人は呟く。  「ほな、タクシー乗ってとりにいこ」  父。  「飛行機に間に合わへん・・・どうしよう」  あの人が涙ぐむ。  そんな玄関先での声を俺はリビングから聞いていた。  携帯の着信音がした。  父のではないから、あの人の携帯だろう。  「はい、ええっ、ホンマ!!ありがとう!!」  あの人が嬉しそうな声を出した。  「息子が来てくれるって!私の後追いかけて、今駅からここに向かってるからここの場所教えてくれへかって」  あの人が父に言っていた。  父か電話を代わり、家までの道を説明した。  母親から父の最寄り駅は聞いていたらしい。  駅まではそんな遠ない。  すぐくるやろ。  俺はなんとなくそいつに興味を持った。  二階に上がって、父の部屋のベランダから道路を見下ろした。  ここからならソイツが見れるはずだった。  ソイツは走って来た。  全力で。  一分一秒でもはやく母親に渡すために。  胸に抱えた封筒。  ソイツは・・・上着さえ来てなかった。  マイナス近い気温の日に、母親に速く届けるためにその時間さえ惜しんだのだ。  柔らかな髪の、小柄なソイツの姿か俺に突き刺さった。  苦しげに全力で走る。  その目にあるのは母への想いだ。  そこには意志があった。  口先ではない想いがあった。  インターホンが鳴らされ、彼が玄関についたことを知らせる。  俺はベランダから彼を見ていた。  彼はもう倒れそうだった。  ドアが開き飛び出してきた母親に彼は抱きしめられた。  彼がわらった。  嬉しそうに。  「上着も着てないのかい・・・」  父が驚く声を出した。  慌て二階にあがってくる音がした。  俺の服を貸す気だろう。  俺より随分小さいけど・・・ないよりはましだろう。  父が俺を呼ぶ声がしたけれど無視した。  母親の腕の中で息を切らし、それでも微笑む彼がみたかったから。  「・・・あれ、出かけたのかな」  父はぶつぶつ言いながら、俺の部屋から上着を持ち出していた。  そして、彼はブカブカの俺のコートを羽織り、また駅の方へと戻っていった。  フラフラになりながら。  振り返りもせずに。  胸が痛んだ。  母が死んでから初めて人に心を動かされた。  振り返らないのは、自分がしたことがどうでもいいからだ。  母親に感謝してほしいとも、そのことで気にかけて欲しいとも思っていないからだ。  彼はただ、母親が困るのが嫌だっただけだ。  そのブカブカの服を着た細い後ろ姿と、苦痛に耐えながら走るその顔が忘れられなかった。  俺はその夜、生まれて初めてオナニーをした。  女の子ではなく、あの白いソバカスのある顔にキスして、あの細い背中を抱きしめることを考えてした。  俺は自分に性欲があることを生まれて初めて知り、それに怯えた。  だって、誰かを愛してはいけないことはもう知っていた。  母のようにしてはいけないから。  殺してはいけないから、愛してはいけない。  でも、彼の面影は心に焼き付いてしまっていた。  二度目に会った時、何も変わってなくて。  母親さえ良ければ自分のことは構わないと思っているのがすこいわかって。  もうあかん思った。  最初から彼だけや。  全部彼だけや

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