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【13】

ホテルの部屋はほんの少しグレードを上げただけで、ベッドもバスルームも広くなる。  ラブホでもなんでもないシティホテルでも、脱衣所とバスルームの仕切り壁がガラス張りになっていたり、トイレが丸見えだったりする。  ハイスペックなラブホと形容してもいい、この部屋を選んだのは他の誰でもない華城だ。  地元の情報誌で紹介されていたらしく、俺とそういう関係になった直後に予約を入れたらしい。  どこまで確信犯だろう……。 「騎士ぃ……熱い。眠い……。も……寝たい」  甘さを含んだ――いや、疲労感たっぷりな気怠い声がバスルームにエコーしている。  華城のいう『初夜』で、いきなり抜かずの3ラウンドを終えたと思った直後、さらにもう一回ねっとりと彼が堪能するまで犯された。  途中、意識を飛ばした俺を容赦なく攻めたてて、独り快楽を貪っていた華城。この男の絶倫さには呆れてモノが言えない。  彼のペニスのサイズに広げられた後孔からは、引き抜いた後も大量の精液がだらだらと流れ落ち、シーツを濡らした。  この部屋のクリーニング担当者に同情せずにはいられないほど、互いの精をまき散らしたシーツが残骸のように丸まったベッドをおりた俺たちは今、また繋がったままバスタブに張られた湯の中で揺れている。  疲弊した体をさらに湯で熱せられ、完全に逆上せている俺のことなど完全無視で、華城は胸やら首やらにキスを繰り返している。  俺の体には、何かの病気かと思うほど赤い痣がいくつも点在している。そのすべてが、華城がつけたキスマークだという事実に頭を抱えたくなってくる。  あれだけしてもなお疲れた様子を微塵も見せないこの男は、もしかしたら本物の狼男なのでは……? と疑わずにはいられない。 「明日……仕事あるしぃ~。ねぇ……騎士ぃ~」 「あぁ……もぅっ。そんな可愛い声で言われたら手ぇ出せなくなるだろうが!」 「俺……起きられる自信ないよぉ~。ねぇ、起こしてくれるぅ~?」  睡魔に襲われ半分閉じかけた目でじっと彼を見つめると、我慢できないというようにチュッと音を立てて唇を塞がれる。 「当たり前だろ。お前を置いてくなんて、出来るわけないだろ。もう……二度と、あんなに辛そうなお前、見たくないし」 「――え? 何を……見たって?」  ぼんやりと聞いていた華城の言葉に、俺はバチっと音がするくらい大きく目を見開いた。  瞬間「ヤバい……」と顔をしかめ、何気なく視線を逸らした華城の頬を渾身の力を込めて両手で挟み込み、強引に顔をこちらに向かせた。 「――今の、どういうこと?」  バツが悪そうに俺の顔を見つめる黒い瞳を覗き込み、鼻先を近づける。  今までは完全に華城のペースに嵌められていた。しかし、聞き捨てならない今の言葉に形勢が逆転する。 「騎士! お前……まだ何か、隠してるだろ? 言えっ」 「あぁ……。もうお前には隠し事は出来ないな……。わかった! 話すからこの手を離せ」 「いやだ! 逃げそうだから……」  きっぱりと言い切った俺に、彼は溜息をつきながらも繋がっている部分をわずかに突きあげた。 「ひぃ……やぁっ!」  未だに繋がったままだったという事をすっかり忘れていた俺は、彼の形を否が応でも覚えてしまった内壁を擦られ、アラレのない声をあげてしまった。  渋々手を離すが、逃げられることを考慮して彼の首にがっちりと両腕を絡ませた。 「言え! 騎士っ」 「――お前を抱いたのは今日が初めてじゃない。お前が泥酔して記憶を失くした夜、抱いた……」 「――え?」 「酔っぱらって、雨の中ボーっと空見上げて……。声かけたら、抱かせてやるって……。真っ赤になるくらい目を腫らして、どんだけ泣いたんだってくらい……。抱いてる時もお前泣いて……。何かを忘れようと必死で、苦しそうで……。お前の顔、見てるの辛くて……。その原因は多分、俺だって分かったから」  わずかに俯きながら落ち着きなく濡れた髪をかきあげて、大きなため息をつく華城。 「それでも……。俺の印を残しておきたくて、シャツの襟から見える場所に痕残した。翌日、恍けたフリしてお前に意地の悪いこと言ったことは謝るよ。でも、その痕見たら……もう、我慢出来なくなったっていうか……。自分の気持ちを抑えきれなくなった」 「――お前、俺のことさんざん言ったくせに。俺、めちゃめちゃ凹んでたのに……。諦めよう、忘れようって思ってた男が俺を探してくれて、迎えに来てくれて……。どんな顔すればいいかって……凄く、苦しかったのに……」 「すまなかった……」  ぎゅっと抱きしめた華城の手は今まで以上に力強かった。この傲岸な男が初めて見せた真摯な姿に、俺はその肩に顔を埋めたまま涙を止めることが出来なかった。 「俺だって毎日、嫉妬で狂いそうだった……。お前を早くこの腕に抱きたくて……。でも、出来なくて。それに……」 「それに?」 「積算部の折原と……そういう関係なんじゃないかって勘繰ったり。――なぁ、お前……折原と寝たのか?」   俺はバッと勢いよく顔をあげて涙目のまま首を横に振った。  この俺が折原と付き合ってるとか、セックスしただとか……。一体、どうしたらそんなふうに見えるんだ?  彼女とはあくまでも同期で、良き相談相手。華城が思っているようなことなど考えたこともなかった。 「あり得ない! アイツは同期で、俺のよき理解者ってだけ。お前とのこと……悩み、聞いてもらったり、とか」 「本当か?」 「俺を信じないのか? 誓って、アイツとは何もないっ!」  一度溢れ出した涙はなかなか止まらない。  流れる涙を拾い集めるように頬にキスを繰り返す華城に、俺は思い切りしがみ付いた。 「――分かった。あの夜、お前を見つけてくれって電話かけてきたの……彼女だったから」 「え? 夏樹が?」 「――いい友人を持ったな、お前。俺が嫉妬するくらいの……」 「騎士……」 「こうなった以上、きちんと紹介してくれるんだろ?」  彼の肩に顔を埋めたまま、俺は何度も頷いた。この誤解が解けるのなら、俺は何でもする。  夏樹だって、華城にきちんと紹介することを喜んでくれるはずだ。  自分のことはいつも棚上で、俺たちの心配ばかりしている夏樹――アイツの世話好きにはホント呆れる。  でも、そのおかげで今がある。こうして華城と繋がることが出来たんだから……。 「玖音……。もう一回だけやらせろ。そしたら寝かせてやる……」 「んあ……ぁ?」  誤解も解けた、想いも通じた。ここは互いに見つめ合ってキスする展開だろ……。 それなのに……どこまで性欲魔人なんだ。華城という男はっ! 何気なく口にした華城の言葉に、俺は眉間に皺を寄せたまま顔をあげた。 「――ふざけんなよ」 イラつきを隠せずにそう呟いた俺の唇を塞ぐようにキスをして、華城は俺を軽々と抱いたままバスタブから立ち上がった。 「お、おいっ! ちょ……待て! まだ……んあぁぁ!」  俺たちはずっと繋がっている。そのまま、華城が立ち上がれば、俺の自重で彼のモノが体の奥深くを突くようになる。 俺の叫び声などまるで聞こえないというように、雫を滴らせたまま華城は洗面所へと向かった。 さらに深く繋がったままの移動を強いられた俺は、カウンターの上に下され、ガラス張りの洗面所で再び絶頂に追い上げられた。  眩い光が照らす大きな鏡には、濡れ髪から雫を落としながら雄のフェロモンを垂れ流す華城と、あり得ないほどの嬌声を上げて羞恥に塗れたイキ顔を晒す俺の姿が映っていた。 ***** 「う――っ。無理……。ありえない……」 俺はベッドの上でうつ伏せのまま低い呻き声をあげながら、羽枕に顔を埋めていた。 体中、どこもかしこも重怠く、関節がギシギシと音を立てて軋む。 一晩中攻め立てられた後孔には、まだ華城の長大なペニスの感覚がハッキリと残り、腰の奥が疼いて仕方がない。 「おい、玖音! そろそろ起きないと、チェックアウトの時間だぞ?」 「誰のせいだと思ってんだよっ! 腰……立たない」 「あ? チンコ勃たない? そんなの、いくらでも勃たせてやるぞ?」 「この鬼畜! ドS! 変態! お前って――やっぱり最低っ!」  喘ぎすぎて喉が痛い。怒鳴ってもこんな掠れ声では、相手にこの怒りを伝えることも不可能だろう。 それに、今の俺は先輩としての『威厳』さえも手放している……。 枕を掴み寄せて、肩越しに思い切り睨みつけた俺を笑いながら見下ろしている華城に殺意を覚えた。  『初夜』と名付けられた俺たちの夜――。実は二度目だったという事が発覚したわけだが、とりあえず互いの想いは通じ合い、はれて恋人同士になった。  失恋した相手とまさかこうなるとは思ってもみなかった展開に、俺は戸惑いながらも喜びを噛みしめていた。  しかし、その何倍――いや、何十倍もの喜びを感じていた男がいた。それまで表に出すことがなかった獣のような本性を露わにし、華城は俺を抱き潰した。  正直、何回イかされたのか定かではない。それに……どのくらいの時間、繋がっていたかも覚えていない。  俺が意識を失っているその間にもこの男の凶行は続いていた。  普通、恋人が意識を失えば心配の一つもするだろう。だが、この男はそんなことはお構いなしで、容赦なく本能のままにガツガツと攻め立てた。一体どういう神経をしているのだろか……。  優しかったのは最初だけ。あとは野獣に変わってしまった彼を制御することは不可能となった。  これからずっと、こんなセックスが繰り返されると思うと不安しかない。俺はいつか、コイツの腹の上で快楽に溺れたまま召されるのではないか……と思う。  あの凶暴な熱棒に後孔を貫かれたまま――考えるだけで背筋が寒くなる。  腰のあたりで丸まっていた掛布団を手繰り寄せて頭から被ると、いろんなことを思い出してブルリと体を震わせた。 「――その最低な男に惚れてたのは、どこのどいつだ? それに……俺がドSだったら、お前はドMだぞ?」 「はぁ? そんなわけないっ」 「フツ―のMではドSには対応できない。だが、ドMなら対等にやり合える。そういう原理だ」  華城の無茶苦茶な持論に呆れながら、痛む腰をもぞりと動かして布団から顔を覗かせた。  気怠げに髪をかき上げながら視界から消えた彼の姿を探す。  すでに身支度を整えた華城の姿に、悔しいかな心臓がトクンと跳ねる。  鍛えられた身体にフィットしたスーツは、例え安物だったとしても高級ブランド品に見えるから不思議だ。  彼が身じろぐたびに微かに漂う香水が鼻孔をくすぐり、俺の頭は彼の事しか考えられなくなる。 「何を見惚れてる? そんなにイイ男か?」 「――う、自惚れんなっ!」 「無理をするな。お前の恋人は最高の男だと自慢してもらっても構わない。それだけ、お前を愛する自信は持ち合わせている」  気障なセリフをサラッと――しかも、ごくごく自然に口にする華城に、文句の一つでも言ってやろうと開きかけた口を紡ぐ。  確かに――容姿が俺好みで完璧なのは否定しないけど! 本当に愛されているかと言われれば、昨夜のことを思うと不信感しかない。  当初のプランでは、優位に立つのは俺の方で、華城は『仕方なく恋人にしてやった』男の設定だったはずだ。  どこでどう歯車が狂ったのか……。マウントを取られた俺は、これからずっと華城の言いなりになるのか……。 「――玖音」  悶々とする俺が急に黙り込んだせいか、ベッドの端にゆっくり腰かけた華城が不安げな目俺を見下ろした。そして、端正な顔を近づけると、そっと唇を重ねた。  また腰砕けにされるようなキスかと身構えれば、彼は軽く啄みながら俺の唇の輪郭を舌でなぞってから離れていった。 「ずるい……」  どこまで俺に惚れさせる気なのだろう。こんな完璧な男、もう二度と出会うことはないと思えるほど、華城から与えられる愛情の深さにクラクラした。 「何がだ?」 「お前のキス……拒めない」  唇が触れるか触れないかの距離でクスッと嬉しそうに目を細めた華城は、もう一度角度を変えて唇を重ねた。 「女王様にお気に召していただき、光栄……」  おどけてみせた彼は、俺が掛けていた布団を勢いよく跳ね退けた。 「おいっ」 そして、まだ全裸のままベッドに横たわる俺の腰に恭しくキスを落とした。 昨夜の余韻を残す肌にもう一つ赤い印が刻まれる。 誰にも目にすることのないその情痕は華城の所有の証。俺はカッと熱くなった顔を背けて羞恥に唇を噛みしめた。  すると、華城の力強い腕が俺の背中に回された。焦る俺を尻目に、彼は無駄のない動きでヘッドボードにクッションをかませると、体を起こした俺をそこに凭せ掛けた。 「――これなら着替えられるな。暴れるなよ……」  耳元で囁きながら耳朶を甘噛みするのがくすぐったくて、彼から逃れようと体を捩じる。その拍子に体に走った鈍痛に顔を顰めながら肩を窄めた。  実に手際よく俺の着替えを手伝ってくれた華城は、ワイシャツの胸元にある突起を指先で弄りながら、ネクタイを首にかけた。 「いやぁ……。騎士……触んなっ」 「動くなって! あぁ……昨日と同じやつじゃ、さすがにマズイか」  華城はそう言うなり、結びかけたネクタイを引き抜き、自分の上着のポケットの中に入れてしまった。  ネクタイ一本だって、安月給の俺には貴重な財産だ。 「おい、返せよ。俺のだろっ」 「いずれ返してやる。今日はコンビニで買ってやる」 「コンビニかよっ!」  文句を言いながらも彼の手に支えられながら何とか立ち上がると、ふらつく足取りで部屋に散らかったものを片付けた。  ナイトテーブルに置かれたままのスマートフォンをポケットに入れ、忘れ物がないかと視線を走らせる。 「ちょっと……手、貸してくれよ。今日……やっぱり無理だ」  自分と一緒に行動するのは彼しかいない。そうなると彼にしか頼れない。  ベッドを下りれば、俺は女王(クイーン)に戻る。そして彼は従順な大型犬にその姿を変える。 「女王様に戻るか?」 「当たり前だ。そういう約束だろ?」 「――じゃ、その前に」  正面から腰を強く抱き寄せられて、開いたままのワイシャツの衿元に顔を埋める。  微かな痛みが首筋に走り、同時に腰の奥がズクンと疼いた。  肌を強く吸いあげる彼の唇の熱さに、思わず吐息する。 「ん――っふ」  顔をあげた華城は、なぜか切なそうな目で俺を見つめた。  まるで、お預けを食らったワンコみたいだ。  こんなに近くで触れ合っているのに……どうして、そんな目で俺を見る?  不思議そうに見つめ返すと、スッと視線をそらしてボソリと呟いた。 「――その声。また、したくなる」  まったく……。  このデカイ図体の中身は、じつは全部精液なんじゃないかと思う。 昨夜、あれだけ吐き出したにも関わらず、まだ出せるのか?。 呆れて何も言えなくなった俺は、脱力して彼の胸に頭を押し付けた。 「どうした? まだ、可愛い子ウサギモードか?」  嬉しそうに髪を撫でるその手を思い切り振り払って、俺は勢いよく顔をあげて叫んだ。 「この……ヤリチン野郎っ!」

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