5 / 14

第5話

 「で、アホがやり殺しかけたってか」  風呂から戻ってきた美人さんが呆れたように言った。    化粧もしっかり、ド派手な美人だ。  「お前ら化け物の体力と一般人を・・・いや、この子は一般人やないな、でも、お前らが納得するまでやったら死ぬからな、普通。しかも・・・全部中に出したんかいアホ」  正座させられて怒られている。   天使は今、毛布にくるまってソファで寝ている。  精液はできる限りかきだしたけど・・・おなか痛くなったらどうしよう・・・。  天使は寝ているというより、気絶したままだ。  「ええよって言ってくれたから・・・」  俺はつぶやく。  「ああ、なるほどね・・・この子嬉しかったんやろな、可哀想に」  なんか勝手に美人さんは納得している。   気の毒そうに天使を見つめた。  「美人さん、天使のこと知ってるんですか」  俺は尋ねた。  「・・・多分な。この子は男娼や。それも最高級の」  美人は言い切った。  俺はぽかんと口を開けた。  天使の携帯を手にする。   俺が天使からとったものた。  「持ってた携帯はプリペイド携帯のみ、財布も身分証も身元がわかるものは何もない。電話番号など何一つ入ってない・・・客からの指示を待つためだけの電話やな」  美人さんは言った。  ふぁい?   男娼って。  俺は頭がついていかない。  「噂はずっとあったんや。けっこうヤバいところからの話や。秘密倶楽部、めちゃくちゃ別嬪揃いの。ホンマ限られた人達向けのな。少数精鋭。一晩でお前の年収の半分はぶっ飛ぶ・・・お前、抱いたからその意味わかるやろ」  美人さんはタバコに火をつけた。  「全員で12人位か。全員男やけど問題ない。お前もその意味わかってるはずや。ノンケのお前がハマったやろ。男でも女でもアイツらには狂うって話や」  違うって思った。  運命を感じたんやって思った。  でも、あの完璧な身体は・・・人間のものやなかった。  あんな・・・身体あるんや。  「不思議なことにな、何故かこいつら顔が4種類しかないねん。それが3人ずついる。それらが双子みたいに似てるらしい・・・双子ちゃうな、三つ子やな。種類わけされてて『ビーナス』『フェアリー』『クイーン』」  そして美人さんは天使に目をやった。  痛ましそうに。  「そして『エンジェル』。多分この子もその一人やろ。それに何よりな、この話の恐ろしいところや。・・・この子らは人間やないらしい」  美人さんの話は・・・俺の理解を超えていた。  「作られた人間。・・・少なくともそういう風に言われてる。だから価値があるねん。商品やから傷つけるんはもってのほかや。でも、それ以外は何してもいいねん。人間じゃないから。そういう趣味のヤツならともかく、そこそこ理性をもっている人間の最後の枠まで打ち壊すわけや。こんなに綺麗でエロいけど、人間じゃなく、そのために作られた商品やと思えば、色んな枠が外れる」  俺には意味がわからない。  「相手が人間やったらどこかでつきまとうわけや、こんなこと言ってるけど本当は・・・とか、後で誰かに自分のことを笑ってるのではないか・・・とか。でも人間じゃなければ、そんな心配はなくなる。綺麗な生きて動くダッチワイフがあれば、人間はどうするかって話や」  天使がダッチワイフだと。  そんなことを言うのは許さない。  美人さんでもだ。  俺の怒りを感じとり、美人さんはため息をついた。  「落ち着け、そういう風に思われているってことや。・・・あの子お前に何度も何度もされても『ええよ』って言ってくれたんやろ?客でもないお前に。もう、欲情してるのは落ち着いていたやろに。嬉しかったんやろ、お前が人間としてあの子を抱いたから」     『ありがとう』    確かに天使は俺に・・・言った。  「男娼やろうな、位までは見当つけてたけど、アタシなんかが知ったところで縁のない話や思もて忘れてたんを思い出したんや。で、どうする。めちゃくちゃめんどくさいことになるで」  美人さんは俺の顔に煙を吹きかけた。  「一つは外にねかしとく。この携帯の電源入れてな。多分これ、発信機やろ。この子の位置を確認するための。この子、回収してくれるわ。ただでセックスしたヤツにムカついて探されるかもしれんけどな。でも、これが1番安全やな」  くるくる携帯のストラップに指をいれてまわしながら美人さんは言った。  天使から携帯をとってしまってから、電話がかかってきても困るからとりあえず電源を切っておいたのだった。   「嫌だ」    俺は断言した。  「嫌てお前・・・」  美人さんは呆れた顔をした。  嫌だ。  そんなとこには帰さない。  そんな奴らは許せない。  その時、ドンドンとドアが叩かれた。  乱暴に。  美人さんは煙草を灰皿に押し付けた。  「アタシが調べるために少し電源いれたせいやね、ここにおんのバレたね。来たで」  美人さんは立ち上がる。    俺も立ち上がる。  やらなあかんことは決まっていた。  「武道の道に立っとるやつが、暴力で負けるんは許されんぞ、わかっとるな!」  美人さんがドスの聞いた声で怒鳴った。  空手部の伝説の主将がそこにいた。  たとえ今はドレスを着ていても。  「押忍!!」  俺も怒鳴りかえした。  俺は今まで暴力なんか嫌や思てた。  正当なやり方で、暴力なんかにたよらんとやるべきや思てた。  今思う。  知るか、ボケ。  こいつら叩きのめしたら、少なくとも俺の気がすむんや!    ドアの鍵を開けた瞬間、そいつらは勢いよく入ってきた。  7人。  そこそこの人数で来たのは俺が天使を車から連れ出したからやろ。  おまけにサイレンサーのついた銃を手にしていた。  まあ、そうだろう。  誰のところに来たなんか知らんのやろ。  そんなもん持ってるだけなら、意味あるかい。  こいつらは自分でドアを開けて入って来るべきやなかった。  銃を構えて待って、俺らに開けさせて出てくるとこを撃つべきやった。  持っとったとこで、構えて狙う必要がある銃と、一瞬で攻撃できる手足を持つ俺らでは・・・人数おっても意味あらへんやろ。  俺と美人さんは入ってきた瞬間、三人ノばした。  俺がひとりに金的いれた。  潰れる感触がした。  美人さんがひとりの側頭に蹴りをいれた。  脚が綺麗な弧をえがき、それに従うように頭はじめんにたたきつけられた。  そして頭が地面に着くのと同時に美人さんの蹴った脚のつま先も地面についた。  つま先が今度は軸になり、美人さんは後ろ回し蹴りを次のヤツの頭に叩きこむ。  独楽のように華麗な連続回転技だった。  ドレスなので、じまんの美脚と、パンツが丸見えだった。  高校時代のドチンピラ姿を知っているモノとしては、せっかくの脚もパンツもなんか残念だ。  無精髭に目つきの悪い姿が焼き付いているから。  三人ノしている間に、銃を構える時間を与えてしまった。  俺は構えている奴らに、玉を潰されて悶絶してるヤツを投げつけた。  それでも銃は撃たれたが、俺と美人さんはノしたヤツらの身体を弾除けにして近づいていく。  撃たれた。  盾にしたヤツが。  泣いてた。  可哀想に。  ちょっと同情した。  カチカチカチカチ   弾が切れた音がした。   はい、OK終了。  盾にしてたヤツらを、投げ捨てて、俺と美人さんは、残りのヤツらに向かって飛び込んだ。  あっという間におわった。  なんか絶対、ヤらしい目的用に違いない手錠がなぜだか大量にこの店にはあって・・・。  ソイツらはその手錠で繋がれた。  何人かは救急車が必要だけど、もうちょい、待ってもらおう。  好みの男と店が終わってからシてるという美人さんの言葉が思い出された。  どういうこと、この手錠でしてはんの?  美人さん。  天使が騒ぎに目を覚ました。   そして、繋がれた連中を見て怯えた。  「帰るから・・・帰るから・・・酷いことせんといて・・・せんといて・・・」  天使が泣いていた。  ガタガタ身体が震えてる。  酷いことをされたことがあるのだこいつらに。  後部座席で押さえつけられていた姿を思い出した。  両手を抑えられ、ズボンを引きずり下ろされようとしていた姿。  ・・・そうか。  俺はスタスタ歩いて繋いでるソイツらの前に立った。  ソイツらは気絶したり、呻いていたりしていた。  俺は端から順番にソイツらのモノを踏みつけて行った。  グチャ  肉が潰れた音と悲鳴。  「おい、お前!」  美人さんが何か言ってるけど、それに何の意味がある。     コイツら、デカい図体をして、こんなにか弱い天使に酷いことをしたんだ。  強いくせに、弱いモノを。  こんなに怯えるほどのことを。  殺さないだけ、ありがたいと思え。  表情一つ変えずに全員のモノを潰した。   「お前エグいなぁ・・・ちょんぎったはずのアタシのモンが痛くなっただろ」  美人さんが顔をしかめた。  「銃をもって店に押し入った連中にたいし、正当防衛しただけや」  俺は言い切った。  俺は天使の座っているソファーの前に跪いた。   天使は呆気にとられている。  本当は抱きしめたいけど、今はだめ。  本当は頬を撫でたいけど、今はだめ。  この人を色んな人間が好きにしてきた。  俺も好きにしてしまった。  だから、今はだめ。  本当にこの人が良いと言うまではだめ  「大丈夫ですか、俺・・・手加減できへんてごめんなさい」  俺は天使に言った。    天使は微笑んだ。  マジ天使。  俺はこの笑顔のためなら死ねる。  「大丈夫だよ。・・・僕、帰らへんと」  天使が起き上がろうとした。  俺は手を握った。  これくらいは、これくらいは。  「俺、言いましたよね。あなたを抱く前に。・・・責任とらせて下さいて」  俺は言った。  「責任?」  天使が不思議そうな顔をした。  「・・・俺はあなたに対して責任がある。そやから言うて下さい。助けて欲しいですか?」  俺は天使の目を覗き込んだ。  やれる。  俺はやれる。    天使が望んでくれたら何だってやれる。  何にだってなれる。  「・・・誰にも・・・僕は助けられへん。そんなん言わへんといて」  天使は涙を流す。  違うこんな言葉じゃない。  「・・・あなたはホームレス助けてはったやないですか」  俺は言う。  今ならわかる。  天使は無力でただ一方的になぶられるホームレスに、誰も助けず通り過ぎるだけのホームレスの老人に自分を見たのだ。  天使はその瞬間、この老人だけは救おうと思ったのだ。  自分は助からなくても。  誰の救いも届かない場所にいるこの人は、それでも誰かを救おうとしたのだ。  恐ろしい生き物に見えたはずの俺を目の前にして、それでもホームレスの老人の前に立ちふさがったこの人を思い出す。  あなたは、天使だ。  間違いない。  「俺にもあなたを助けさせて下さい。・・・だから言うて下さい」  俺は懇願する。  あなたが言うてくれたら俺は何でもできる。  「・・・・・・助けて」  天使が言った。  涙を流して。  その言葉は長い間閉じ込められてきたことが分かった。  人間として扱われない日々の中、そんな言葉が意味をもたない中で・・・それでも天使はその言葉を、持ち続けていたのだ。  だからホームレスを救った。  自分にはない助けを代わりに与えた。  この世界に助けがあることを証明するために。  この世界に希望をつくりだすために。  この人は天使だ。  本物の。  「助けて・・・」  天使がすすりないた。  それだけで十分だった。  「助けます」  俺は言った。  抱きしめたかったけど、我慢した。  もう、誰にも勝手にこの人には触らせない。  この人の許可なく。  だから当然俺も勝手に触ってはいけない。    

ともだちにシェアしよう!