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第7章:切ない片想い⑤

 兵藤の言葉に対し、へぇそうですかと淡々と答えてやるべく口を開きかけた瞬間、不意にこっちを見る眼差しと視線と絡んだ。  目に留まった表情がとても憂いに満ち溢れているせいで、見事に有坂の二の句を奪い去る。 「しかもお前を好きだと認識してからは、もっと困ってしもた。この気持ちを知られたら絶対に拒否られるのが分かっとったから、隠すのに必死になって……。壁を作らなきゃと焦れば焦るだけ、ついつっけんどんな態度をとってしもてな」 「あ……」 「思いあたるフシがあるやろ?」 (言われてみたら何度か、違和感のある対応をされたような気が――って、ちょっと待て) 「あのっ、えっと」  今まで兵藤にされたことを思い出して、頬にぶわっと熱を持った。 「分かってくれた? 俺の気持ち」  衝撃的な事実を改めて知った上で慌てふためく有坂を見るなり、兵藤は苦笑いを浮かべる。  さっきまで醸していた憂いな雰囲気がなくなり、包み込むように柔らかく微笑む様は、いつもなら見惚れていたかもしれない。だけど今は頭が混乱してしまって、何をどうしたらいいか考えが追いつかない状態に陥った。 「有坂、お前を愛してる」  それを聞いた途端に、有坂は耳を塞いだ。塞いだところで、告げられた内容がなくなるわけじゃないけど、塞がずにはいられなかった。 「ぁ、あわわわ……ぉ、俺は、ですね。ひょ兵藤さんに、えっと」  しどろもどろに喋る有坂を見て、客席の方々から声が聞こえてきた。しなしながらあちこちから声がかけられるせいで、何を言っているのかが分からない。  兵藤が立っている延長線上に大平課長がいて、心配そうな面持ちで見ている視線が、びしばしと突き刺さってくる感じがした。  その視線を受けて更に慌てふためく有坂を見、大平課長が口パクで何かを喋る。それが分からなくて首を傾げると、根気強く何度も同じことをはっきりとパクパクしてくれたので、暫しの後やっとそれが分かった。 『ス キ ト イ エ』  指示された言葉に、開いた口が塞がらない。苦手な兵藤に心を込めてその台詞を言うなんていう高等技術を、有坂は持ち合わせていなかった。  しかもこの言葉を口走ったら今後、会社での立ち位置が間違いなく危うくなることが嫌というほど分かりすぎる。同期や一緒に仕事をしている同性から避けられることが、目に見えてしまった。 (この場を丸く収めるためと三年連続優勝のために、自分を犠牲にしなければならないなんて、そんなの……) 「その告白、異議あり!!」  客席から聞き覚えのある声がしたと思ったら、その人がずかずかとステージに上がって来る。  施設の浴衣を身にまとい、酔っているのかちょっとだけ足をふらつかせた飯島が赤ら顔で有坂たちの前に現れた。 「審査員の皆さん、俺の登場については、営業2課のほうに採点してくださいねー!」  大きな声で喚くと、客席から紙をめくる音が聞こえてきた。 (他の部署の出し物なのに、こんな無茶振りな乱入が採点対象になるのか!?) 「飯島、お前何を考えてるんや。他所の劇に入ってくるなよ」 「ぁあ? 黙って見ていられるかよ。俺が最初に目をつけたというのに、有坂くんにいきなり告ってさ。兵藤こそ、横入りしてくんな!」  目の前で睨み合うふたりに、有坂は眩暈を覚えた。いがみ合う理由が自分をめぐってなんて、笑うに笑えない。 「有坂くんと俺には、同じマンガ雑誌を愛読しているという共通の話題がある。盛り上がること、間違いなしだよな?」  ドン引きしているところにいきなり飯島に話しかけられ、うっと言葉に詰まった。マンガ雑誌ひとつにどう盛り上がれというのだろうかと、眉根を寄せながら困り顔を決め込む。 「はっ! マンガ雑誌ごときに、何を浮かれとるのやら」 「なにおぅ!?」 「俺はコイツに、顔がすごく好きって言われてるんやからな」 (……すごく好きなんて言ってないのに、勝手に誇張して。しかもそれを今ここで発言するとか、兵藤さんの言動が信じられない)  困り果てた末に、有坂は客席に背中を向けてやり過ごした。それでも逃げ出したいのを必死に堪えて、ステージに立っているだけでも偉いと自分を褒めたたえる。 「へぇえ、顔が好きって言われたのか。それで中身はどうなのよ?」 「な、中身って」  困惑した有坂をスルーしたままふたりの会話が続いていくのを、横目で眺める。  兵藤を追い詰めた飯島の顔がいつもより輝いていた。一方の兵藤といえば男前が台無しになるくらい、焦りに満ち溢れた表情を浮かべている状態。 (このタイミングで大平課長が指示した『好き』という単語を言えば、この人を助けることができるんだよな) 「……兵藤さんが好き」  ものすごく小さな声で呟いてみる。これを言うには、かなりの勇気が必要だった。呟いただけでも照れてしまって、微妙に躰が震えてしまう。 (そういや兵藤さんも、同じように震えていたっけ)  兵藤は震えながらも、きちんと気持ちを伝えていた――この場所で、正々堂々と告白してくれたんだ。 「顔だけ好かれても、中身がこの有様じゃ絶対に無理だろ」 「無理とか、そんなん……」  困惑している先輩を助けなきゃいけないと考え、有坂はなけなしの勇気を振り絞る。困ったときにいつも最初に、兵藤が手を差し伸べてくれたことを思い出した。  意を決してふたりに向かい合い、大きく息を吸った。その勢いを失わないようにすべく、吐き出す感じで口を開く。 「待ってくださいっ!」  お腹から声を出したからか思った以上の大きな声を聞いて、兵藤と飯島が同時に有坂の顔を見た。 「俺は……俺は兵藤さんのことが好――」 「はいはい!! 職場での三角関係はいただけませんよ」  パンパンと二度拍手をし、大平課長が有坂の言葉をいきなり止めた。 「お手伝いさん、例のあれをステージに用意して!」  その言葉に舞台袖に控えていた会計課の先輩方が、いそいそとステージの中央にテーブルと椅子を設置していく。  当初の予定では青山をめぐって兵藤と伝票の早捲りの計算をするはずだったけれど、この状態をどう捻じ曲げるんだろうか。 「これから兵藤くんと有坂くんに、伝票の早捲りの計算をしてもらいます。先に計算を終えた方に50点、正確に答えを出したら50点。正解から答えが遠のいた分だけ、減点する方式をとります。いいですね?」 「分かりました」  大平課長の問いかけに、兵藤は台本通りの台詞を言った。上手く軌道修正した手腕に舌を巻きながら、有坂も同じように返事をする。 「分かりました、受けて立ちます。でも……何を賭けての勝負になるんでしょうか?」  どうにも嫌な予感しか浮かばなかったので、思いきって疑問を口にしてみた。

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