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第7章:切ない片想い⑦

 廊下の突き当りにあるトイレに駆け込んだのを見ながら、迷うことなく中に入ってみた。 「大丈夫ですか? 江口さ――」  息をきらした状態で話しかけた有坂がその人の顔を見た瞬間、驚きのあまりに言葉を失った。 「な、んでお前が……ここに?」  ひどく掠れた声と白目が真っ赤になっている様子に、狼狽えるしかない。 「あ、あの……。具合が悪そうな感じに見えたので、追いかけてしまったというか」 「有坂に見つかるなんて、バツが悪すぎるな。まったく」  切れ長の一重瞼を伏せたら、涙がすーっと頬に伝わっていった。迷うことなくポケットからハンカチを取り出して無言で差し出すと、手の甲で荒々しく涙を拭いながら首を横に振る。 「よりによって一番見られたくない相手に、こんな情けない姿を見られるなんて。くそっ!!」  舌打ちと共に告げられた言葉で差し出していたハンカチを恐るおそる引っ込めて、その存在を隠すように手の中にぎゅっと握りしめる。 「す、すみませんでした。何も考えずに、その……」  普段職場で見ている、頼もしくて優しい江口さんと違うかけ離れた姿に、居心地の悪さを感じてしまい、おどおどしながら後退りした。 「……何で有坂なんだよ。どうして――」 (ううっ、どうして俺はここに来ちゃったんだろ。江口さんを慰めるどころか、苛立たせてしまっているじゃないか。兵藤さんならきっと口が達者だから、上手く慰めることができるんだろうな) 「あの、このことは誰にも言いません。安心してください。それじゃ……」 「ふたりの男に告白されて、今はどんな気分なんだ?」 「へっ!?」  仕事の質問をするかのように投げかけられた言葉が、後退りする有坂の足をぴたりと止めた。 「大平課長はシナリオの変更なんて言って誤魔化したけど、本当は違うだろ。兵藤のあんな真剣な姿は、そうそう拝めるものじゃないから」  俺を見ず、目の前にある鏡に向かって話しかける江口の横顔が、苛立ちの表情から切なげなものへと変わっていく。 (もしかして江口さん、兵藤さんのことが好きなんじゃ――)  そう考えたら変なことを口走らないようにしなきゃと変に緊張してしまい、言葉が出てこなくて困った。 「どっちが好きなんだ、お前」 「どっ、どっちも好きじゃないです! ですから安心して、兵藤さんにアタックしてくださいっ」  両目をつぶり、手にしたハンカチを握りしめながら思いきって告げてみると、盛大なため息が耳に聞こえてきた。無言を貫かれるその様子にしまったと思い、恐るおそる話しかけてみる。 「あの……俺、何か気に障ることを言ってしまいましたか?」 「兵藤にアタックって、あんなヤツのことなんか好きじゃないし」 (あんなヤツって、兵藤さんのことを嫌ってるみたいな言葉じゃないか。ひえぇ!) 「本人に言うなよ」 「いいぃ言いません、誰にも言いません!!」  嫌いな素振りをまったく見せず、普通に接している江口の普段の姿を思い出し、すごい人だと内心尊敬しまくった。

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