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第8章:気がかりな後輩3

「そないなことはないんやで。俺は――」 「有坂くん、いい加減にしなよ!」  兵藤のセリフをぶった切るように、青山がデスクを叩きながら有坂を叱り飛ばした。バンという物を叩く音に、喧噪に包まれていた部署が静まり返る。 (――先輩としてここは、後輩たちの争いを治めなければいけない場面や) 「青山さん、落ち着いて。有坂だっていろいろあるせいで、意固地になっとるだけやし」 「兵藤さんもそこのところが分かっているなら、いつも通りに有坂くんに接してあげたらいいと思うんです。なんていうか、腫れ物に触れるような対応になってますよ」  有坂に続き青山にまで痛いところを突かれたせいで、兵藤は何とも言えない表情を浮かべたまま、黙り込むしかなかった。 「こらこら兵藤くん、指導している新人たちに、駄目な先輩の見本市をやっているじゃないか」  見かねた大平課長が大きなお腹を擦りながら、傍にやって来た。 「すみません。俺が不甲斐ないばかりに……」  言いながら兵藤が頭を下げようとした瞬間に、大平課長は両肩を掴んでそれを止める。宥める感じで触れていた肩を叩いてから、目の前にいる3人の顔をそれぞれ見比べた。 「新人の君たちにとって、兵藤くんは指導する立場だけど、彼自身も指導者1年生なんだ。君たちが仕事でミスするのと同じように、失敗だってしてしまう」  座ったままでいた有坂が、青山の隣に並んで立ち上がる。さっきまで鋭かった眼差しが、いくぶん優しくなっているように、兵藤の目に映った。 「有坂くん、青山さん。これからもそういうことを踏まえて、兵藤くんに接してほしいなと思います。できますか?」 「私、キツいこと言いました。兵藤さん、ごめんなさい。反省します!」  大平課長の質問で、最初に口を開いたのは青山だった。隣にいた兵藤に向かって、しっかりと頭を下げる。 「おっ、俺も先輩なのに、不安にするような態度を見せてしまって、ほんまにすまんな。これからもっとしっかりした指導のできる、頼りになる先輩を目指していくわ」  後頭部をバリバリ掻きながら青山に返事をする兵藤の耳に、とても小さな声が聞こえてきた。 「俺も……そのぅ」 「へっ?」  一瞬空耳かと思ったけど、青山の背後にいる有坂が視線を彷徨わせながら、口元を動かしているのが目に留まった。

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