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第6章:ミステイク④

*** (どうしよう……このままじゃきっと、明日の本番でも失敗してしまう)  それぞれに反省点を述べてから終わった総練習。どんよりとした気持ちを抱えた有坂が、会議室の隅に置いてあるカバンを手にしようとしたら、背中をぽんぽんと叩かれた。  振り返ると、青山がいつものように微笑みながら見上げる。 「大丈夫だよ、有坂くん。だって新入社員の代表の挨拶を、堂々とこなしていたじゃない。あれだって緊張したでしょ?」 「あ、うん……。それなりに」 「じゃあ本番に強いタイプなんだね。明日は一緒に頑張ろう!! じゃあね」  気合を入れるためなのか青山は有坂の背中を思いっきり叩くと、弾むような足取りで帰って行った。  元気いっぱいで優しい同期の背中を見送ったら、その後を追うように大平課長が扉に手をかけて振り向く。 「兵藤くん、有坂くん、寸劇の成功を期待しているからね。まずは楽しんでやることだよ」  その場が和んでしまうような柔らかい笑みを残し、さわやかに退室したのを見てハッとした。  このままだと兵藤とふたりきりになってしまうという、避けなければならない事態を瞬時に悟り、手早くカバンを持って歩き出そうとした途端だった。 「待てや、有坂っ」  有坂の行く手を遮るように、目の前に立ち塞がった兵藤。その顔は、どこか怒っているように見えた。 (さっきの練習は俺だけ全然ダメだったんだから、叱られて当然だ――)  俯きながら足元にカバンを置いて、顔を伏せたまま向かい合う。 「昨日の練習は大丈夫やったのに、どうした? 明日のことを考えて緊張したとか?」 「た、確かに若干緊張はしました。大平課長がいらっしゃったし、緊張のせいで手が震えて、計算をミスってしまったし……」  兵藤とのキスで動揺していたことを悟られない様に、ありきたりな理由をつらつらっと述べた。  するとそのことが気に入らなかったのか、はぁあと苛立ったようなため息を兵藤につかれたせいで、有坂は俯かせていた顔を余計に上げられなくなった。 「先輩に対して横柄な態度をとれるお前が、総練習くらいで緊張っていうのは考えられへんのやけど。しかもさっきからずっと、俺の顔を見ぃひんのはどうしてなんや?」 「こう見えて意外と繊細なんです。それに顔を上げられないのは、さっきの練習が最悪すぎて、どうにも居たたまれなくて……。どうもすみませんでした」 「貴重な練習を台無しにしよって。済まんと思うなら、きちんと俺の目を見て謝れや。アホ!」  声を荒げた兵藤は有坂のネクタイを引っ掴み、ぐいっと強引に顔を上げさせる。 「わっ!」  至近距離にある、容姿端麗の顔が目に飛び込んできただけじゃなく――必然的に魅惑的な唇にも目がいってしまう。憧れてしまう顔を持つ大嫌いな先輩の瞳が自分をじっと見つめるせいで、有坂の心臓が一気に加速して頬に熱を持った。 「……なんや、その顔――」 (まじまじと見つめられる俺の顔は、一体どんな風になっているんだろう。分かっているのは、頬に熱を持っていることくらい。反逆的な感じじゃないのは確かだ) 「有坂、お前……」 「え、えっと。あの」  この場をどうやり過ごそうかと困惑しながらも、口を開きかけたら突然、兵藤の両手が有坂の頬を優しく包み込んだ。ごつくて大きな手のひらに包まれたせいで、更に熱が上がる。 「めっちゃ熱くなってるで。大丈夫か?」  心配そうな声をかけてきたので渋々視線を目の前に移したら、やけに真剣みを帯びた眼差しとぶつかった。新入社員歓迎会一泊旅行を前に病気になったらどうしようということで、相当心配させてしまっているのかもしれない。 「はぃ。大丈うっ!?」  大丈夫だと答えたかったのにそれをさせず、いきなり重ねられた唇。超至近距離にある長い睫を伏せた色っぽい顔を、目を見開いたまま息を飲んで凝視した。 「んぅっ……っ!」  そのまま固まっていたら兵藤の柔らかい舌が唇の隙間から入り込んできて、有坂の舌に大胆にも絡んできた。 (何で、こんなことされなきゃならないんだ――もしかして、昨日の復讐のつもりなのか!?)  顔を動かそうにも、両手で押さえ込まれているから逃げられない。  それでも何とかしようと兵藤の両手首を掴んで引っ張ってみたものの、顔を掴む力が更にキツくなった。  必死に抵抗してる間に感じさせようとしているのか、舌先を使って歯茎をなぞる。 「ぁ、あっ……やめっ、ンンっ」  背筋を走るぞくぞくとした感じだけじゃなく、時折ちゅっという水音も聞こえてくるので、有坂は次第に変な気分になっていった。さっきからされる貪るようなキスのせいで頭がぼーっとして、抵抗する力がどんどん抜けていく。 (こんなの絶対にダメだ。男同士なのに……感じちゃダメ――)    なけなしの理性を奮い起こしてこの状況から脱しようと数歩退いたら、力任せに躰を押されてしまった。すぐさま背中に、壁が当たる軽い衝撃が伝わる。  一瞬だけ兵藤の唇が離れたと思ったら、角度を変えてまた塞がれた――ちゅぅっと下唇を食みながら、吸い上げられる。 「いっ、いやらっ……んっ、やめっ……吸っちゃ、っ、あっ」  自分のものとは思えない変な声に、有坂は慌てふためいた。しかも唇を吸われるたびに下半身がじんじんしてきて、どうにも堪らない状態になってしまった。

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