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第8章:気がかりな後輩
唐突に自分の唇を奪ったクソ生意気な後輩を困らせてやろうと、劇の内容を急きょ変えた兵藤の演技に、慌てふためきながら青ざめた有坂の顔が見られて、腹の中で思いっきり高笑いした。
日頃手を焼いている分だけ心を込めて熱演したこともあって、それが飯島に突っ込まれるというハプニングにつながってしまったのは失敗だった。
しかしながら優勝の賞品と同じものをいただけたことは、部署にとって喜ばしい結果になったけれど――。
(やっぱり、こういう展開になったな。俺のときと同じや……)
昨年同様の寸劇の内容のせいで、事情を知らない社員のあからさまな態度に、有坂が困惑しているのをさっき目にした。
視線を合わせないようにヒソヒソ話をしながら、足早にその場を立ち去る男性社員の姿を目の当たりにした有坂は、悔しそうな表情を滲ませたまま、たれ目気味のまぶたを伏せて、何かを堪えるようにこぶしを強く握りしめていた。
自分の憂さ晴らしに巻き込んだせいで、有坂がさらに傷つくことになろうとは、まったく予知していなかった。
現在進行形で面倒を見ている後輩が、肩を落としながら立ち去ったばかりの廊下の片隅で、不甲斐なさをひしひしと感じながら深いため息をつく。
「こないなこと、しなければよかった……」
兵藤の後悔の囁きは誰にも聞かれることなく、タバコの煙のように消え去ったのだった。
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