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第2章:魅惑的な先輩――3

 口元に魅惑的な笑みを湛え、どんな難題にも全部答えてやるぜという気合いが、兵藤からひしひしと伝わってくる。  そんなやる気を見せ合うふたりに対し、有坂は完全に蚊帳の外だった。頭の中が真っ白になるせいで無駄に焦り、アピールするのはあたふたしてる姿なので、非常に居心地が悪い。 「いきなりなんですけど、兵藤さんって彼女さんがいらっしゃるのでしょうか?」  青山から躊躇なく投げつけられたのは、兵藤についてのプライベートな質問。しかもそれを聞いた瞬間、周りの反応が何故かすごかった。会計課の空気がガラッと変わったのを、有坂は肌で感じた。  その場にいる職員の視線が全員じゃないが、ぶわぁっとここ一点に集中する。  一体どういうことなんだと、小首を傾げて目の前にいる兵藤を見たら、その表情は変わらず朗らかな笑みを浮かべたままだった。  職員から突き刺さる冷ややかな視線と相反する兵藤の態度に、若干顔を引きつらせながら青山の袖を引っ張っると、微妙な空気を同じく感じとったのだろう。有坂の顔を見て、やっちゃったという表情を浮かべる。 「隠していても、いつかはバレるから教えてあげるな。俺、大平課長と不倫関係っていう設定だから」 「はいぃ!?」  青山とシンクロして、思いっきり声をあげてしまった。 (――不倫関係の設定とは、いったい何なんだ? 意味がサッパリ分からない。だって男同士じゃないか!)  あまりのことに口を開けっ放しにして呆然とする有坂だったが、なぜだか隣の青山は両手に拳を作り、疑問を解消しようと口を開く。 「……あのぅ大平課長は男性、ですけど……」  たどたどしく発した言葉に、有坂も呆けた顔で頷いた。  大平課長は男性であり、見た目の容姿ははっきり言ってハゲ・デブ・おじさんなのである。  男性でハゲ・デブ・おじさんというハンデがあるというのに、格好いい兵藤と不倫関係というのは、正直なところ信じられない。しかも語尾に付けられた『設定』という言葉が、さらなる疑問に拍車をかけるものだった。 「確かに大平課長は男性だけど、とても魅力的な上司で、奥さんもこのことについては了承済みだ。さて君の質問に答えたから、次はこちらから質問してもいいか?」  あっさり答えられた揚げ句に、質問された青山は、さっきの有坂のようにお口をあんぐりしたまま固まっていた。 「どうして青山さんは、そんな質問を俺にぶつけたのかなと思って。何か噂でも聞いた?」 (兵藤さんについての噂話? そんなの全然、俺は耳にしていない――)

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